「質問。今日は何の日でしょうか?」 「今日は授業が開始する、大半の大学生にとってとてもとても嫌な日です」 ブー、ハズレ。 そう言う慎吾さんの顔はちっとも楽しそうじゃなくて、どうにも不満げだ。 彼が言ってほしかったはずの、きっとこの質問の正当な“答え”というものは既に私の中に思い浮かんでいて、彼に伝えたくて燻っているというのに、どうにも言うタイミングがわからない。私は、素直に「誕生日オメデトウ」なんて言える性分じゃないから。たかがコイビト、されどコイビト。きっと普通なら真っ先に祝うんだろうなあって思ったのは丁度日にちが変わったときのこと。 けど私は、普通の恋人のやるようなことなんて別にやりたくないし、慎吾さんだってそれは分かってるだろうから、やってやろうと思えなかった。 「けど、」 「…なんだよ」 「今日は慎吾さんの誕生日なので、私にとってはそんなに嫌な日ではありません」 くい、と眼鏡を押し上げて、そんな言葉を吐いてみた。どうやらこれが“正解”らしくて、慎吾さんはいつものにやついた表情とかさっきみたいに不満げな表情じゃなくて、ぽかんとした緩い表情だった。 あ、珍しい。そう思ったのは一瞬で。珍しく彼を出しぬけたと思うとなんだか嬉しくて、気を抜いたら頬が緩んでしまいそう。 慎吾さんを前にして、そんな表情、絶対にしないけど。 「なあ」 「なんですか」 必死で無表情を装って、返事をする。 そしたら、ふっと慎吾さんの表情が緩んで、笑みが浮かんだ。 珍しく(と言ったら失礼だけど)、素直な笑み。意地の悪いそれじゃなくて、なんだか綺麗な、笑い方だった。あれ、おかしいな。誕生日って性格が変わる日だっけ? 「キスしてい?」 ああいつもの爆弾発言。やっぱりいつもの慎吾さんだ。 にこにこしながら、その手はそっと私の肩に伸びてくるから、一歩後ろに下がる。 「な、なに言ってんですか、」 なんでなんでなんで。疑問がぐるぐると脳内を駆け巡って、今この瞬間、やっぱりいつもどおりに慎吾さんの台詞に脳内が支配されてしまった。私はこの人に出会ってから今まで、きっとこれからも、この人に振り回されてばっかりだ。 こうなったら結末はすでに見えている。けど、そんな簡単に乗せられて堪るかと思って、必死で睨んでみる。 「や、嬉しかったから」 「う、嬉しかったらキスするんですか」 「おかしくないだろ?」 うっと一つ息をのんだら、慎吾さんの手がそっと私の後頭部に回った。 押さえつけるでもなく、ゆるゆると優しく頭を撫でるから、逃げるのもなんだか忍びなくて、そっと近づいてくる慎吾さんから目を逸らしたまま、脚は一歩も動かさなかった。 「イイコだな」 「…そうでもないです」 「これから俺とイケナイことをするから?」 「えっ!?」 聴こえた言葉が信じられなくて、慎吾さんの表情を見ようと顔を上げた。 すると、思いがけず視線と視線が出逢ってしまって、逸らすことが出来なくなってしまった。(だって、目が合った瞬間、すごくうれしそうに笑うから、) 「ようやく目を合わせてくれたな」 「う、」 「クチ、いい?」 クチ、と言われて一瞬なにを指してるのかわからなかった。 慎吾さんが自分の唇を指さしてるのを見て、ああ、と納得して、小さく頷く。 すると、ゆっくりと慎吾さんが近づいてきて、私はそっと目を閉じた。ふっと慎吾さんの吐息を唇に感じて、こつん、と眼鏡が揺れた。たぶん、近づくときに眼鏡に当たったんだろうなって思って、それからすぐに私のクチと、慎吾さんのクチが邂逅した。 嬉しいから、キスしよう (…なあ、本当にこれからイケナイことしない?) (意味分かんないです) (俺ン家、今日は18時まで誰もいないんだよな) (…そっちがいいなら、それでもいいです) (え?) (誕生日プレゼント用意したんですけど、行為の方がいいなら、こっちは捨てます) (は!? ちょ、ま、待てって。ごめん、俺が悪かったから!用意してくれたんなら、そっちのがいい) (…好みわかんなかったんで、気にいるかどうかわかりませんけど) (ん、さんきゅ。お前が選んでくれたやつなら、なんだって嬉しい) (気にいらなかったら、慎吾さんのシたいこと、付き合います、よ) (………無理すんなって) 2010.09.21 三笠 慎吾さん誕生日おめでとうございます! |