気付いているのか、いないのか


あー…、寒い寒い寒い!
私は制服の上にセーターを着てその上にコートを着て口が埋まるくらいまでマフラーを巻いている。
ちなみに手には手袋付き。
なのに、なんでこんなに寒いんですか!




投げつけた箱は真っ直ぐ君の元へ落ちて、




校門前、もうとっくに下校時刻は過ぎていて、もうすぐ時計の短針が10を少し越す感じ。
小さくため息をついて、ついにずるずると壁に背をつけて座り込む。
両手を口元に持ってきて、はあ、と息を漏らす。
白くなって、すぐ消えて。
本当は何度も何度も帰ろうとしたんだけど、1人で夜道歩くのが凄く怖いことに気がついて(実行する前に気づけばよかった)、今更だけど帰れなくなってしまった。
かと言って、この後どうしようみたいな。
いや、目的ははっきりしてるんだけど、渡した後どうしよう、みたいな。
うん…、今日は野球部エース、高瀬準太の誕生日なのです、もうすぐ終わるけど。

もちろん今日だって授業あったし、同じクラスなんだから何度だって渡す機会はあったはず。
だけど、毎時間毎時間、代わる代わる高瀬ファンの女子がプレゼントを渡しに来るから、なんかタイミング逃しちゃって。
今日になった瞬間にメールでおめでとうって一言メール送ったから、1番じゃなくてもとりあえず他の女子よりは早く言えただろうし、祝うことはとりあえずしてあるのだけど。
でもやっぱりプレゼント渡したいし、顔見ておめでとうって、言いたいし。

かと言って、こんな時間まで校門で待ってるなんて、普通しないよね。


とか、思ってたら。
なんだか声が聞こえてきて。
それはなんだかものすっごい聞き覚えのあるもので。
ていうか、つまりそれは野球部の方々の声でして。

うん。

学校の外側にいるから、多分彼等に私は見えてないのだけど。(私も声しか聞こえてないけど)
あの中に高瀬がいるかどうか分からないし、いたとしても、正直引くよね。なんでこんな時間まで待ってんの、ならまだマシ。え、何こいつそんなに俺のこと好きなの、だったら最悪。
べっ、つに、すきとかそういうんじゃないっ、けど。…多分。(自信ない)

てゆーか、もし利央が先来たらどうしよう、あいつにバレたくないな。(利央とは従姉弟デス)


「準サン、誕生日祝い何がいいんすか。500円以内だったら迅と奢ってあげますよ」
「あ? お前等、1人250円かよ…、金ねえな」
「文句言うんなら奢りませんよ! 現役の高校生にそんな金期待する方が間違ってます!」
「同じ現役高校生の和さんは1人で税込み525円だぞ」
「ええー…、和さんは準さん甘やかしすぎっすよ!」
「おいおい、誕生日プレゼントくらいでそこまで言うなよなあ」
「準さんの誕生日なんて、10円チョコで十分です!」
「じゃあ次の利央の誕生日は10円チョコでいいんだな? じゃあ、それで」
「準さんのって言ったじゃないすか! 準さんは女子に沢山貰ってんだから、大して要らないって意味で」
「あのなあ、顔も知らねえ女子に貰ったって全然嬉しくなんか、って…、?」


いつ出たらいいんだろう、なんていろいろ考えててパニック状態で、とりあえず隠れようかな、でもそんなことやってたら帰っちゃうよな、なんて思ってたとき。
校門を通り過ぎた時、一番こちら側を歩いていた高瀬は、見事に私に気づいてくれて。
なんだか目が凄く熱くなって、少しだけうつむいた。


「え、ちょ、何でこんなとこにいるんだよ? もう10時過ぎてんだろ」
「う、何でって言われたらちょっと困るんだけど、」
「誰か待ってんの? もう殆ど誰も残ってねえと思うんだけど、」
「あー…、待ってるっていうか、待ってたっていうか。そんで、高瀬、あのさ」
「、なんだよ」


野球部の方々は本日の主役(?)の高瀬が止まったことで、軽く2m程先で止まっていろいろ話してるっぽい。
あ、やば。迷惑かけてる?
軽く見上げる形で高瀬の顔を見ると、なんだか訝しげな顔をしていて、少し驚いた。
ずっと握り締めていた鞄を開けて、軽く包装された青い袋を取り出した。


「メールしたけど、オメデト。…誕生日」
「…は?」


高瀬は唖然として、口が半開きのまま。
差し出した袋を受け取ることもせず、驚いたような顔で止まっている。


「…ずっと女子に囲まれてて言えなかったじゃん」
「あー…、そういえばそうだっけ」
「そんでこれ」


もう一度、袋を高瀬の方に差し出す。
なんだか顔がすっごく熱い。
誕生日プレゼント如きでそんなに照れるのなんて初めてなんですけど!
そんでそんで、なんだかとにかく早く逃げ出したくなって。
袋が崩れちゃうとか、そういうの全部頭から消えて、右手に持った袋を押し付けるように渡す。


「あ、げる! 返品不可だから! また明日!」

「ちょ、待てよ」


言うだけ言って、すぐに走り去ろうって、思って。
途中からもう後ずさりつつ、言い終わったらすぐにダッシュ、したつもりだった。
うん、見事に腕掴まれたけど。(さすが野球部エース! 関係ないかな)


「なに、そのために待ってたのかよ」
「う。…わ、悪い? 別に高瀬に迷惑かけてないし、勝手に私がやったことだし、」
「そんなん言ってねえだろ、ばか」
「ばっ…、私高瀬より絶対成績いいから!」
「成績の問題じゃなくって。さっきも言ったけど、10時過ぎてんの! 女が1人で出歩いていい時間じゃねえだろ」


真面目に返されて、なんだか凄く居た堪れなくなって。
視線を逸らしながら、答える。
真っ直ぐに見つめられて、なんだかとても恥ずかしいような気持ちがある。


「…家近いし、大丈夫だよ、」
「なにそれ。つか、家何処だよ?」
「高瀬には関係ないじゃんか」
「関係あんの」
「なんで、」
「俺が今から送ってくから!」

「…は?」


言われた瞬間に、私を掴む手の力が強くなって、少しだけ痛い。
野球部の人たちいるのに、悪いよ、なんて。
掠れた声で漸く言えて、ずっと前に冷え切った身体がどんどん熱くなっていって、でも私に触れる高瀬の手の方がずっと熱くて。

早くこの場を足し去りたいのにこの熱い腕を振り切れられない。


「お前が嫌だって言っても、着いてくからな」
「…ストーカー?」
「ばーか」


漸く、私を掴んでいた腕が離れた。
そのとき、少しだけ寂しく思ったのは、私だけの秘密。


「野球部の人たちと帰んなよ。ホント、私の家すぐだから、」
「……俺が心配してんの分かんねえの?」
「分かるよ。でも、高瀬に迷惑かけたくないし」
「今この状況が迷惑。さっさと言うこと聞けっての。つーか、多分俺等カスト寄って帰っから、家そっち側ならお前ン家の前通ればいいだろ」
「(目の前で迷惑って言うなよ)え。私、利央に気づかれたくないんだけど」


暗いし、多分今は私だとバレてないとは思うけれど。
今この瞬間だって、バレそうで凄く嫌。
ただの同学年で、クラスメイトで、隣の席で。
そして、ただの腐れ縁のお友達。
そんな関係であって、特別なものはなにもない。
だから、バレたところでなにもないのだと分かるけれど、でも、今はこんな時間まで待っていた、という事実がある。
利央はたまに、本当にたまに勘が鋭い時があるから、あんまり気が抜けない。(思ったことすぐに口に出すしね)
そう思って言った言葉に、何故か高瀬の眉間に皺が寄るのが分かった。


「(なんで利央は呼び捨てなんだよ)………なんで?」
「従姉弟なんだよ。私、高瀬と仲良いこと利央に言ってない。つーか、利央と話したくない」
「は?」
「…言いふらしそうじゃん…、アイツにバレたら兄にもバレる。ついでに、学校中にバレるも同然」
「あー…、(納得)」
「分かった? なら、帰るよ私。風邪引きたくないし」


じゃね、と一言言って背を向ける。(さっきも同じようなシーンあったな)
私が歩き始めるのと同時に、高瀬は野球部面々の方へ走って行って、近くを通り過ぎるのも何か気まずいから、道路挟んで反対側を歩く。


「和サン、今日カスト寄ってくっスよね?」
「ああ、でもあの子送ってかなくていいのか? こんな時間じゃ危ないだろ」
「ま、アイツは平気だと思うんスけどね。一応、送った後合流するってことでいいスか」
「準さん、あの人カノジョ!?」
「うっせ」
「準太ー、1時間ぐらいだったら待っててやるからちゃんと楽しんでこいよー」
「おー、あんまり盛り上がったら帰ってこなくていいからな。あ、お前ゴム持ってる? 俺の貸してやろっか?」
「そんなんじゃないんで、結構です! じゃ、スンマセン失礼しまっす」


あれ、なんかいろいろ聞こえてくるんですけど、なんですかねあの会話。
つか利央め。
先輩方に対してどういう口の利き方だ、一度ちゃんと躾けた方が良さそうです、頼むよ呂佳兄!(あれ、もしかして逆効果だったりするのかな。もしかしたら、あの態度は呂佳さん譲りかもしれないし。…態度大きいって意味で)


! 送ってくから、家教えろよ」
「うわ、まじで来た。ストーカーめ」
「おま、まじで殴ってやろうか」
「ごめんなさいごめんなさい、それ、絶対痛いのでやめていただけるとありがたいです!」


野球部の方々が歩いていくのを後ろから着いていくような形で、ゆっくりと高瀬の隣を歩き出す。
高瀬の隣を歩くなんて、初めてかもしれない。
教室移動で擦れ違うとか、なにかの当番が一緒で行動を同じにするとか、そういった機会がなかったら普通の学校生活ではありえない事だし。
なんだか、こんな機会が出来たってだけで、待っていた甲斐があった、と思う。


「多分、家まで10分かかんないよ」
「まじで? そんなに近いんだ」
「うん、まあ」


吐く息が、今更だけど白い。
空気は冷たいし、身体も冷えてしまっているけど、なんだか心臓がうるさいくらいに動いていて、寒い、って感覚がない。


「つか、別に明日で良かったんじゃないのかよ」
「プレゼントの話?」
「そう」


高瀬にとっては不思議だろうね。
私だって、なんでこんなに拘ったんだろうって、思わなかったわけじゃない。
けど、私にとって今日は、きっと高瀬以上に特別な日だった。


「明日はさ、もう誕生日じゃないじゃん」
「そうだけど」

「なんていうかね。渡す順番は気にしないのよ。1番じゃなくたって高瀬に渡せたらいいやーって思ってた。でもさ、」


言葉を一度切って、ちょこっと顔を背けた。
別に、顔を見て喋っていたわけじゃないけど、視界に入るだけでもなんだか気恥ずかしくなってしまった。


「他の女の子たちは誕生日中に渡せて、私は渡せてないとか、そういうのは嫌だった、から」


俯いてしまった所為で、多分その声は届きづらかった。
聞き返されたらどうしよう、なんて思ったけど、そしたらまたなにかはぐらかそうと、そう思った。


「――

「な、なによ」


いきなり苗字を呼ばれて、身体が撥ねた。
びくり、なんてちょっと大げさになってしまって、せめて声だけは平静を装おうと思った。明らかに動揺してしまったけど!


「あー、えっと。…ありがとな」
「…え、」


高瀬はマフラーに口元を埋めていた上に、もう夜中だから辺りは暗く、ちゃんと顔を見ることが出来ない。
けど、静かな路上で、その言葉は私の耳にしっかりと届いて。
薄っすらと、高瀬の顔が赤く染まっているように見えた。


「、あ、べ、べつにっ、私が変に拘ってただけだし! そんな、お礼言われるようなことしてないからっ」
「なに動揺してんだよ」
「ど、動揺なんてしてないし!」


してるだろ、って高瀬が笑いながら言うから。
その顔がなんだかすごく綺麗だったから。
私は言葉を失った。


「…そ、そこの角曲がったとこまででいいから」
「家まで送るって、」
「そこの角の家が私の家だから」
「え、まじ?」
「まじ」


高瀬が首をそっちに向けて、私の家をじろじろと見る。
まだ眠るには早い時間だというのに、一つも電気がついていない家。
今日も、誰も帰っていないんだな、なんて思った。


「いいな、近くて」
「んー…、まあね。近くて選んだんだし」
「そんだけかよ」
「それだけよ」


角を曲がって、家の前まで歩く。
そこで立ち止まって、高瀬を見上げた。
高瀬もこちらを見ていた。


「じゃ、送ってくれてありがと」
「ん、あんま遅い時間に出歩くんじゃねーよ」
「分かってるって。それじゃね」

「、


急に名前を呼ばれて、吃驚して急いで振り返る。
そのときに、手に何かが触れた。掠った。


「、あ」


掠ったそれは、高瀬の手だった。
それを意識した瞬間、一気に体温が上昇するのが分かった。
指を少しだけ掠っただけでこんなに嬉しいなんて、私は何て単純な女なんだろう。


「、な に」
「あ、いや…、その」


高瀬もなんだか落ち着かず、視線を背けていた。
手を、コートのポケットに突っ込んで、小さく口を動かすのが見える。


「…また、明日」


吐き出すように、そんな言葉を言って、思わず私は噴き出してしまった。
普段は寡黙で、あんまり表情を顔に出さない高瀬が、こんな顔をするなんて!と、くすくすと声を出して私は笑う。
なんだか高瀬は気まずそうに、頬を膨れさせていた。


「笑うんじゃねーよ」
「ごめ、ふふっ、あー…、笑える」
「あーもー、じゃあな!」

「あ、高瀬!」


くるっと背を向けて、立ち去ろうとする高瀬を呼びとめる。
肩が少し動いて、こちらを振り返る高瀬に、一言。


「また明日!」

「…おう」


照れくさそうに、そんな一言だけ言って、高瀬は歩いて元来た道を戻っていった。
これから、野球部でお祝いをしてもらうんだろうし、少しだけ早足で。
さっきまでは、私に合わせてゆっくり歩いてくれていたのかなあ、なんて思った。







高瀬誕生日祝い夢です。
誕生日おめでとう!

2010.2.2 三笠