猫みたいに気まぐれな彼女と、ちょっとへたれな彼氏のおはなし




「俺、雷が怖いって怯える彼女を抱きしめるのが夢だったんだ」


私が、高瀬の部屋の窓際に座って、一心に雷と雨の合唱を聴いていたとき。
高瀬はそう言った。
ぼうっとした、なにも考えていないような顔だった。
その顔を見て、なんだただの雑談か、って思って興味が薄れて、視線を窓へと戻す。高瀬の顔はいつだって見られるけど、こんなに元気な嵐はあんまり見られないから。


「それで?」
「お前見てたら、そんなの実現するわけねえってわかった」


振り返ることもなく、目をとじて、外の音に耳を傾ける。
ゴロゴロ、ザーザー、勇ましい嵐が、外で暴れている。


「なんで?雷が苦手な女の子なんて、たくさんいるのに」


厭味みたいな、けど純粋な疑問。
だって、私は雷の音が好きだけど、私以外の女の子を彼女にしたらその娘は雷が苦手かもしれないじゃない。その娘を慰めて、抱きしめてあげればいいのに。


「でも、俺が好きなのはだから」


ゴロゴロゴロゴロ、雷が喉をならす。
その勇ましい声を聴いているのに私は怖く思えなくて、逆にふんわりとした、ゆるい高揚感で包まれていた。
それは雷のせいなのか、嵐のせいなのか。…ううん、本当はわかってる。
だいすきな雷や嵐の音じゃなくって、もっともっと好きな音。
あなたの言葉に、私の心は一気に高揚したんだ。


「ねえ高瀬」


目をあけて、外を見た。
雨粒が窓ガラスにぶつかる。はいいろの空、冷たい雫。それは優しくなんかなくって、ただ淡々と世界を包み込んでいた。
話しかけた彼は、答えるでもなくずっとそこにいる。同じ部屋、同じ空気のなかで、ベッドに腰掛けてなにか野球の雑誌をゆっくりと捲っている。読んでいるんじゃない、ただ捲ってるだけ。


「私、雷よりも雨よりも、好きな音があるの」


なによりもどんなものよりも、好きな音。
すき、の言葉がこんなに優しい音で溢れてるなんて知らなかった。
あなたの声でその言葉が紡がれるたびに、私はなんだか幸せな気持ちになれた。


「なんだよ、それ」


少しだけ不満げに、高瀬はそう言った。短い言葉だった。音だった。
その音が耳に届くと身体がぽかぽかする。
口元が緩んで情けない表情になる。


(高瀬の、声)


そう言ったらどんな顔をするだろうって、言う前に一瞬考えて、それからゆっくりと言った。
ぱさり、と乾いた音がした。
もしかして暇つぶしにしていた雑誌を落としたのだろうか。そのくらい動揺してくれたのかしら。そう考えて振り返ろうとした。けど、それは出来なかった。動きの全部を、遮られた。


「こんなんで良ければ…、1番近くで聴いていけよ」


耳元で、そっけなく高瀬は言った。
背中に高瀬の胸が当たって、お腹に高瀬の腕が回されて、身体がぽかぽかと、温かい。
緩く抱え込まれて、私は動かずに目を閉じた。
ざあざあと雨が騒がしい。


「雨なんてやんじゃえばいいのに」
「この音好きだって言ってなかったか?」

「好きだけど…、」


好きだけど、高瀬の声を聴きたいから。
そう言って私は身体を高瀬にもたれかけた。
温かくてしっかりしていて、頼りがいのある身体。

ああ、やっぱり私は高瀬が好きだなあなんて、じんわりと染み入った。





なによりもすきな





(照れ屋の彼が、息を呑むのがわかった。彼は本当に甘い言葉に弱いから。きっと顔は真っ赤なんだろう。閉じた瞼の裏で思い描いた)





2010.5.16 三笠