絶対、勝てるはずの試合だった。 負けた原因は、情報量の違い。 相手はこちらを研究し尽くしていたけれど、こちらは全くのノーデータ。 何か一つでも変わっていたら、絶対、絶対に彼らは負けなかった。 大体、最後の一球、いくらなんでもセーフじゃなきゃおかしいって。 絶対に、絶対に、一点入ってたんだってば。 そうしたら同点になって、あと一点入れて、打って打って打ちまくって。 そして、勝利。 私は、こんな都合のいい結末を何度描いたことだろう。 朝。――3月。 目が覚めた。 まさか、まさか夢にまで見るなんて! そんなに不満なのかな。この先の展開はわからないけれど、もしも西浦が甲子園に行っても行かなくても、どんな展開になっても私は喜べない。 いつもどおりに高校に行くためにパジャマを脱いで制服を着る。 高校に入学して、もうすぐ1年目が終わる。 もう慣れきって、当たり前と鳴っている生活である。 鞄を持って部屋を出て、一階に降りて顔を洗ってうがいをしてリビングに行って朝食を食べて歯磨きをして髪を結んで、そして、いつもどおりに家を出る。 行ってきますと言って、行ってらっしゃいと返ってきて。 何処にでもある風景。 誰でも経験したことのあるだろう一日の始まり。 ―――けれど今日は、今日だけは「いつもどおり」ではなかった。 私は交差点で信号が青になるのを待っていた。 他にもスーツ姿の人や通学中の小学生、自転車なのは中学生、高校生はまだ時間があるから私一人だけど、とにかくばらばらと、それなりの人数がいた。 起きたばかりというのはやはり眠くて、ふあ、と欠伸をかみ殺す。 そんなとき、キキィ――、となにやら耳障りな高い音が響いて。 なんだろうと振り返ったとき、後ろから背中にどすんと自転車が思い切りぶつかって。 そのまま私は、一歩二歩、とよろけるように道路に投げ出された。 瞬間的すぎて私の頭はついていかなかったけれど、投げ出された瞬間に私の身体は、勢いよく走ってきたトラックに撥ねられた。 そして意識はブラックアウトした。 ―――――――――はずだった。 ぱちりと目が開いた瞬間に、周りの景色は変わっていた。 なにやら一人暮らし用っぽい広さの一室。 温かそうな茶色の絨毯に木製の棚、テーブル、ベッド。 白い布団に掛け布団はオレンジ。 なんだこの、可愛いお部屋は。 夢なのかもしれないと思ったけれど、どうにも見覚えのない場所だし、夢に見るにしては奇妙すぎる。 じゃあなんだ、もしかして此処はあの世ですか。え、あの世ってこういう一人暮らしキャンペーンみたいな感じなの? なんなんだこの違和感。 状況が全くもって分からないんですけど誰か案内人みたいなのいらっしゃらないんですかね。 とりあえず立ち上がって、テレビの電源を点けてみる。 適当にニュースを点けてみて、今日の日付だったり天気だったり場所だったりを、確認。 日付が10日くらい進んでいて、その他は特に変わっていることはなかった。 …ていうか此処埼玉なんですね。てっきり別の場所かと思ってましたが。 そこまで確認して、テレビをそのままに部屋の中を漁ってみた。 棚や箪笥なんかも確認すると、私が持っている服がそのままあって、さらに棚の中には保険証やら健康手帳やらが出てきた。 それらを一々細かく見ていくと、なんだかいろんなことが違っていて。 この世界での私の背景ってやつが見えてきた。 年齢、身長、体重、それらが全て中学時代のものだった。 身長やら体重なんてものは覚えてないけど、でも記憶をさかのぼると大体そんな感じの。 見た目もなんだかいつもより幼く感じて、今の私も中学時代の私に戻っているようだった。 中学2年。ううん、今は3月だから、まだ中学1年の冬。 もう少しで中学2年に進級するだろう。 そのうち日記を見つけて(私が日記なんて続くわけないのに!)、それを見ていくと、私は両親を事故で亡くし、膨大な遺産を手に入れたらしい。 そして、未だに未成年の私はそれを相続することなどできず、また、一番近い親戚にお世話になることも考えるが、その家には同世代の男子がいたために、急遽一人暮らしをすることに。 この辺りはまるっきり覚えが無い。 私の両親は2人とも健在だし、従兄弟はそれなりに歳の離れたお兄さんが何人か、それと同世代は女の子ばかり。 そしてその従兄弟の名前を見ると――、『島崎慎吾』。ふざけてる。 「…なにこれ。慎吾さんが従兄弟とか…、この世界の私羨ましすぎる…!」 いやいやいや、ちょっと待て。 この世界のっていうか、なに?同姓同名ですか? 島崎慎吾って一人しか浮かばないんですが、あの、本当にあの人ですか? 桐青高校のセカンドを守っていて、いやらしんごさんっていう不名誉なあだ名を持つ、あの島崎慎吾さんですか。 「信じられない…。って此処までしか日記ないし」 日付は昨日だから、当たり前なはずだけど。 なんだか余計混乱した気がする、と一つため息をついた。 すると、いきなり私の携帯の着メロが鳴って、びくりと身体が震えた。 「え。え、どこ」 音の方向を辿ると携帯はベットに投げ出されていて、開いて表示されたのは『島崎さん』。 え、うそまじですか。 一瞬躊躇ったものの、慎吾さんは中々好きなキャラでもあるし、違うなら違うで何か分かればそれでいい。 火事場の馬鹿力っていうんかな、なんていうか、もうどうにでもなれっていう思考で、通話ボタンを押した。 「もっもしもし」 『お、漸く繋がった。えっとー、、ちゃんだっけ。俺、島崎慎吾っすけど』 「は、はい、えと、従兄弟の」 『そうそう。そんでな。明日中学の編入試験あるから伝えとけって親父から伝言。桐青の場所分かる?』 なんか混乱して、言ってる意味がなかなか理解できなかった。 え、なにこれ。なんていう乙女ゲー? ていうか慎吾さんって初めて話す子ちゃん付けにするとかかなり驚きなんですけど。ちょっと信じられない。 いやいや、そんなんじゃなくて場所です、場所。 ってちょい待て。窓の外見ても全く知らない場所です隊長! 下手したら帰って来れません、コンビニとかスーパーすらわかんないよ、迷子なめんな、私の方向音痴は伊達じゃないんですよ!?(威張るとこじゃないとか突っ込み不要!) 「ぜ、全然…」 『あー…、じゃあどうすっかな。俺明日迎え行くか? 部活あっから、どうせ学校行くし』 「え、でもあの、」 『どうせ通り道だから気にすんなよ。編入試験がー、あーっと…、7時から12時…? なら俺の部活も7時からだから丁度いいよな。じゃあ、6時くらいに迎えに、』 「ちょ、ちょっと待ってください。編入試験って、なにやるんですか?」 元々高校生ですけど中学の範囲なんて全く分からないんですが。 いきなり編入試験とか言われても全く勉強してませんって。 私の言葉に何秒か沈黙が続いて、慎吾さん(多分。声的にもそれっぽい)が呆れた声で口を開いた。 『…ちょっと待て。なんも聞いてない?』 「はい? や、もう全く」 『まじか』 「まじです」 そう言うと、面倒くさそうに(ちょ、私にとっては本当にこれ一大事なんだってば!)説明してくれた。 案外いい人っぽい。 適当さがにじみ出てるけど! 『あのな、桐青の中等部に編入するってのは分かってんだよな』 「はい、それはまあ」 『そんで、それにはまあ当然のことだけど編入試験ってのを受けなくちゃいけなくて、それに合格しなきゃ学校に入れないわけだ』 「それもなんとなく」 『じゃあ何、試験内容? あー…、国数理英社の5科目を各50分ずつ、間10分休憩挟みながらやるんだと。中1の範囲で、確か問題集送られてきてるらしいからそれ見ればなんとなく分かるんじゃねーの』 問題集? どこにそんなものが、と考えていたら、棚の中に普通にあった。 きっちり桐青高校編入試験問題集なんて題が書かれている。 「これって、難しいんですかね」 『そこまでは知らねーけど、問題集レベルなことは確かだろ』 「そうですね。うん、ありがとうございます」 『や、まあ、面倒みろって言われてるし。ああそんで、明日なんだけど』 そう言って迎えに来てくれるらしい時間を言い出だすから、慌ててメモを取る。 ゆっくり話してくれるそれを復唱しながら、書いていく。 「じゃあ、明日の6時過ぎに」 『おー。あ、あんた確か俺の顔知らないよな。ジャージ着てくから、怪しい人だと思って出ないとかすんなよ?』 「た、多分ダイジョブです!」 『あっそ。じゃあまた明日』 「は、はい。また明日。お願いします」 そう言うと、ぷつりと電話は切れた。 やばいやばい、まじで慎吾さんだ! ていうか私、桐青に編入するんだ! やっばいまじ嬉しい、どうしようどうしよう!桐青のみんなに会えるのかなー。 …ていうかちょっと待って。 あれ私確か中学生設定だよね。 なら皆は何歳?高校生だったら泣くよ?私元々高校生なのに!本当は高校2年だよ、準さんと同い年なんだよ! 「うあー、どうしよう慎吾さん迎えにきてくれるって! かっこいいかな、学生生活してる慎吾さんなんて漫画でも見たことないんだけど!どんなんなんだろ、今更別人です、なんて信じないから!」 うふふ、なんて気持ち悪い笑いをしながら、ベッドに突っ伏した。 ああどうしよう!なんか幸せだ! はー、でも明日学校行って早速テストかー…、あー…、めんどー…。 って、え。 「…そういえば私、編入試験受けなくちゃ編入出来ないんだった!」 急いで問題集を開く。 中学の範囲なんて覚えてないよ! 5冊も重なった問題集の山を見ながら、今日は徹夜かなあなんて、思った。 ![]() やばい羨ましすぎるこの主人公! 慎吾さんが従兄弟!私も二次元行きたいよ、トリップしたい! そんな妄想が文章になりました。 好き過ぎて止まりません。中学時代からスタート。 高校生になって原作に追いつけるといいな! 2009 3 13(2010 3 10加筆) 三笠 |