02



「結局4時間しか眠れなかった…」


現在、5時30分ちょっと過ぎ。
急いで顔を洗って、朝食を食べる。
ちなみに朝食は、昨日携帯さんの地図機能で調べた一番近いスーパーで買ってきた代物。
食パンにジャムを塗って、コーヒー牛乳と一緒に食べる。
朝からあんまり沢山食べる気もしないし、それだけ食べたら食器を洗って歯を磨く。
それから、クローゼットを開いて中学時代の制服を出す。


「…またこれを着る羽目になるなんて…!」


気持ち的には高校生。
そんな自分が中学の制服を着るってどうなんですか。軽くコスプレしてる気分なんですけど。
ちなみに、私の中学時代の制服はセーラー服。
3月は冬服だから、黒が基調の、なんていうか、定番のセーラー服。
ネクタイかリボンかは自由だけど、私は常にネクタイだった。
今も、そうする。


「うー…、違和感」


顔も身体も中学生の時の顔だから、見た感じに違和感はないんだけど、気分的に違和感ばりばり。
懐かしいのも確かにあるんだけど、どうなんですかこれ。
長い髪を一つに縛ると、本当に中学時代に戻ったみたい。
…あ、戻ったのか。

慎吾さん、もとい島崎さんが来る前にもうちょっとだけと、問題集を開く。
思っていたよりも薄く量はなかったものの、5教科もあるとなると、話は別だ。
国数英は高校レベルまで習っている自分としてはあまり難しくない、むしろ基礎レベルの問題だから、特に頑張る必要もなく、終わった。
けれど、理社は記憶ものだから、そんなに簡単ではなかった。
私の通っていた高校は総合高校だったために、そういった基礎的な教科があまりにも少なかったのだ。(ちょっと後悔)
あくまで基礎レベルの問題集なのだけれど、記憶教科は手ごわい。


「はー…、落ちたらどうしよう」


ぱらぱらと問題集を捲って、重要箇所を確認していく。
そのうち、6時は過ぎてしまって、いきなりチャイムの音が響いた。


「は、はい!」


ぱたんと問題集を閉じて、ドアへと小走りで移動する。
覗いてみると、確かに慎吾さんがいた。
や、やば!本物!

緊張と興奮でごったになりながら、チェーンを外して鍵を開け、ドアを開ける。


「お、おはようございます」
「はよ。もう行ける?」
「は、はい。ちょっと待っててくれますか」


そう言って、返事も待たずに踵を返して問題集と筆記用具を全部鞄に詰め込む。
こうなると本当に中学時代に戻ったみたい。
朝の慌てた空気なんて、本当に久しぶり。
鞄を持って鍵を持って、靴を履く。
私が準備できたのを確認すると、慎吾さんはちょっと外に出て、ドアを開けていてくれた。うわなんだこれ、いい人!
小さくお礼を言いながら急いで部屋を出て、鍵をかける。
その間に慎吾さんは階段(私の部屋は2階です)を降りて自転車の鍵を外していた。
カンカンと音を立てながら、私も階段を降りていく。
中学時代は運動靴だったから、ローファーじゃない分急ぎやすい。


「鞄乗せて」
「え」
「いーから。まだ籠ん中空いてるし」
「う。あー…、じゃあ、お願いします」
「ん」


慎吾さんのスポーツバックは後ろに括りつけてあって、前の籠には何も入ってなかった。
そこに恐る恐る鞄を入れさせてもらう。
そうすると、慎吾さんは自転車を押し進み始めた。
私もそれについていく。


「道覚えてけよー。いつも迎えに来れるわけじゃねーし」
「わ、はい」


きょろきょろと周りを見渡して、なんとなく覚えていく。
あーでも帰るときは逆なんだよね。
迷ったらどうしよう。携帯鞄の中に入れてあったからそれでどうにか調べられたらいいなー…。あ、でも私の携帯定額になってるのかな。なってなかったら…。う、後で調べとこう。
…ていうか、あのまじめに緊張しているんですけど私どうすればいいんですか。
男子と話すこと事態久しぶりなんでまじやばです。
なんで私女子校通ってたんだろ、男子とこんな近い位置歩くのなんて初めてなんですけどー!


「あのさ」
「(ビクッ)は、はいなんですか」
「いや、そんな驚かれても困るんだけど。…つか、何。俺怖い?」
「え、いえ全然」
「じゃあ何。さっきからビクついてねえ?」
「…う。や、私、ずっと女子校だったんで、男子と話すの久しぶりすぎて勝手にパニくってるだけです多分、別に島崎さんが怖いとかそういうんじゃないんですけど、なんていうか、うん、そういうわけで」
「ふーん」


分かってくれたのか分かってくれてないのかわかんないけど。(ていうか私も全くもって今の状態わかってないんですけど!どうしよう私怪しすぎる!)
とりあえず頷いてくれたから、それで良しってことにならないかな。
慎吾さんはさっきまでと変わらず、無表情のままで自転車を押して、私の隣をゆっくり歩いてくれている。


「島崎さんってやめねえ?」
「はい?」
「や、だからさ。従兄弟なのに苗字呼びってどーなのって話」
「え。あー、そうですね。うん、じゃあ名前呼びですか」
「まあ、そうだけど。…俺の名前覚えてる?」
「…慎吾さん」
「そーそー。じゃあ今度からそっちで」


え。まじですか。
慎吾さん相手に慎吾さんって呼んでいいの私!
ていうか男子正面にして名前にさん付け!
初めてじゃないのこういう経験!(わ、なんて空しい青春時代!)
小学校とかそれより前は名前に君付けが当たり前だったし。
う、わ!どうしよう緊張で死ねる!


「ちなみに俺、って呼び捨てにしていい?」
「はっ?」
「あ、呼び捨て嫌なタイプ?」
「いえいえ、全然全く! むしろちゃん付けの方が気持ち悪――くないですごめんなさい!」
「ああ、昨日の電話な。俺も自分気持ち悪いって思ったからいーよ」


そう言ってくくっと笑った慎吾さんの笑顔はとてもとても素敵でした。
…て、いやいやそこで見惚れてるんじゃなくって。
なにか会話、会話ほしい!
あ。ていうかこれって野球漫画じゃんね。


「し、慎吾さんって」
「んー?」
「野球部なんですか」
「お。分かる? 俺セカンド」
「セカンド。うん、分かります」


だってスポーツバックに桐青野球部って書いてあるもん。
セカンドの位置は分かります!軽くルールも分かります!…おお振りを読んで培った知識ですが!


「似合わねーって思う?」
「え、なんでですか?」
「金髪だし」
「桐青の場合はそういうの決まってないのかと思ってましたけど」
「まあ、宗教系の学校だし。そうなんだけどさー」
「髪が黒ければ野球が上手いってわけでもないですし、いいんじゃないんですか? 慎吾さんが金髪にしていたいなら金髪の方がきっと効率いいんですよ」
「…そーゆーもん?」
「上達するかどうかなんて、気持ちの問題です」


そう言い切ると、ぶはっとさっきの含み笑いとは全然違った笑いをした。
やば、中学生慎吾さん可愛い!
つられてなんとなく笑ってると、慎吾さんの大きな手が私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「ありがとな」
「はい? 私何もしてませんけど」
「いいんだよ。受け取っとけ」
「はあ。じゃあ貰っときます」


コン、最後に骨があたって、手は離れていった。最後だけ痛かった。
そうすると、慎吾さんが一度大きく息を吐いて、それから話しだした。


「やー、案外いいやつで安心した。俺、いきなり従姉妹がどうとか言われてかなり焦ってたんだけど」
「あ、それ私もです!なんかいろいろあってただでさえ焦ってパニくってたのに、従兄弟がどうとか編入試験とか、ずっとごちゃごちゃでしたよ」
「お前なんか尚更だよなー。その歳で一人暮らしとかまじありえねえ」
「あはは、ほんとですよねー。待ってても料理出てこないんですよ? 洗濯に掃除もやらなきゃー、って考えると数年すっ飛ばした気分です」
「うわ、やっべー。俺絶対できねえ」
「え、慎吾さん器用そうですもん、出来るでしょ」
「や、まじでやったことねえから」


えー、なんて言ってる間に学校が見えてきた。
なんか大きな建物がいくつかあって、どっちか中等部でどっちか高等部なのかなー、と勝手に思った。


「手前のが中等部な。今6時20分ちょいか。どうする? 教室までついてこーか?」
「会議室って分かりやすいですか?」
「…まあ、地図ついてるし、その通りに行けば迷わねーよ」
「じゃあ、多分大丈夫です」
「おー。じゃ、終わったら野球部のグラウンド寄ってけよ? 12時までなら多分休憩入ってっから」
「はい。分かりました」


ありがとうございます、と一言言って、昇降口から入る。
靴は持ってきた袋に入れて、上靴に履き替えて、それから会議室に向かう。

初めて入る校舎、朝早くでしかも土曜日だからか人の気配は無い。
この学校に私がこれから通うことになる(かもしれない)なんて、未だに信じられなかった。














慎吾さん出張ってます。
私のイメージで書いてますので、こんなん慎吾さんじゃない、とか文句はご遠慮願います。
私の中で結構慎吾さんいい人なんですよねー。
いやらしんごさんですけど。(ていうかこのあだ名がいけないだけじゃないのかなー…)


2009 3 14(2010 3 10加筆) 三笠