いつからこんなふうに心を揺さぶられるようになったんだろう


始めはただの気まぐれだった。
小さな島で一人縮こまっていた少女を拾うなんて、今思い返してみても思い切ったことをしたと思う。
ただひたすらに可憐。一年中花が咲き、この世の楽園かと思うような孤島。
それが、彼女だった。


「アーサーさん、紅茶の用意ができましたよ」
「ん…、ああ、サンキュ」


気付けば既に100年が経過していた。
あの時拾った少女は順調に成長して、今ではすっかり年頃の乙女だ。
柔らかな髪は長く、歩くたびに揺れる。
使用人のエプロンドレスを着こなし、使用人の仕事をさらりとこなす。


「どうかされたんですか? なんだか、考え込んでいたみたいですけど」
「随分、変わったと思ってな」
「何がですか?」


きょとんとした表情で俺を見つめる目の前の女は、どうにも可愛らしい。
くすりと笑うと、首を傾げてわけがわからないといった表情をした。



「はい?」
「お前は、此処に来て良かったと思うか?」


そう聞いた時、一瞬だけしまったと思った。
だが、彼女は呆けた顔をして、そしてすぐににこりと笑った。


「良かったと思います。アーサーさんへの感謝はいくらしたって足りません」
「感謝なんかすんな。俺は俺の勝手で連れて来たんだ」
「それでも、私は今が幸せですから」


本当に幸せそうな、穏やかな表情をして、彼女は言う。
その顔に、思わずどくりと鼓動が高鳴ったなんて、彼女には気取られたくない。
隠すように視線を逸らして、深く座ったソファに乗せた腰の位置を少しだけ変えた。


「なら、いい」
「え?」

「お前が幸せなら、俺はそれでいいんだ」


彼女は一瞬呆けたような表情をして、それから頬をほんのり染めた。
ぎこちなく笑みを浮かべて、恥ずかしそうにふふ、と彼女は笑った。ああ、この笑顔も最初はまったく見られなかったな、と。昔の彼女を思い浮かべた。
いつからこんなにも感情を表に出せるようになったんだろうか。俺たち国にとってはたったの100年程度。しかし、決して短くはなかったと思うのは、彼女がいたからだろう。


「紅茶が冷めてしまいますよ」
「ん、ああ…悪い」
「いいえ」


彼女の淹れてくれた紅茶に手を伸ばし、一口、二口と口に含む。芳しい香り、美しく澄んだ色、どれも俺が教えた通りに上手くできていて、味ももちろん、美味しい。


「…私も、」
「ん?」


新聞片手に紅茶を飲む、という体勢のまま、彼女を見上げる。
テーブルに残りの紅茶の入ったポットを置き、運ぶときに使ったトレーを胸の前で抱きしめて、彼女は口を開いた。


「私も、アーサーさんが幸せなら、…すごくうれしいです」


そう言って彼女は、はにかんで笑った。
それからすぐに小さくお辞儀をして、ぱたぱたと忙しなく部屋を出ていった。俺は、その背中に視線を送りながら、意味もなく新聞で顔を覆った。


「……くそ…、言い逃げかよ…」


鏡を見なくたって、俺の顔が今赤く染まってることは容易に想像できた。
そして、きっと彼女の顔も俺と同じ状態だってことも。
残ったのは、一文字だって頭に入らない新聞と、彼女の淹れてくれた美味しい紅茶。
ああ、もう。してやられた。





(そんな、穏やか過ぎる日常)





2010.09.25 三笠