ふと、不安になる瞬間がある。 私はここにいるのかしら。あなたもここにいるのかしら。 もしも世界が反転して、当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなくなっていたとしたら。 そんな、どうしようもない不安が、時折私の足元を揺らしていく。 揺らぎはだんだん大きくなって、不安で不安でたまらなくなったとき、私は彼の名前を呼ぶ。 「本田さん」 「はい、なんでしょう」 いつも通りの表情で、黒い髪の彼はそう丁寧に答えてくれる。 でも、それは本当に私に向けられているの? もっともっと、もっと私の方を向いて、その声を聞かせて。 そう思って、もう一度喉を震わせる。 「本田さん、」 「はい」 いつになったら満足できるの。そう思って、また口を開く。 あなたは何度までなら答えてくれるの。煩い女だって思ってないかな。 あなたに好いてもらいたいのに、あなたの傍にずっといたいだけなのに、揺らいだ私はあなたにしがみつくので精一杯で、余裕がない。 少しだけ、すこーしだけでいいから、私のわがままを聞いてください。私の言葉に答えてください。 「本田さん」 「…さん」 名前を呼ばれた瞬間、どくんと音がした。 私の目をしっかりと見て、私の名前を彼は呼んだ。 なんて答えたらいいのかわからなくて、口を開いたまま私は彼の目を見つめた。 真っ黒な瞳が、ゆっくりと弧を描いた。 くすり、と彼の声がして、ああ、笑ったんだ、と思った。 優しい、柔らかなほほ笑みが、なんとも温かい。 「私は此処にいますよ」 あなたのとなりに、ちゃーんといますからね。 そう言って、本田さんは私の手を握った。 それはとても温かかった。 そして世界は落ち着きを取り戻す 2010 6 13 三笠 |