小さく嫉妬してみたり、小さくねだってみたり、


「トーリス、私のために毎日お味噌汁作ってくれる?」
「……えっ!?」


唐突。そんな言葉がたぶん相応しいだろう。
久しぶりに彼女が家に遊びに来て、古びて座るたびにギシギシとなるソファに腰掛けて、適当に映画でも観ようかと話していたはずなのに。
彼女の顔は真剣で、少しだけ眉間に皺が寄っていた。あれ、なんか怒ってる、気がする、よう、な…(俺何かしたっけ…)


「あ、いや、それは構わないんだけど。…普通、逆じゃ」
「フェリクスがね」
「え、フェリクス?」
「うん、フェリクスが、『トーリスは俺のためなら味噌汁くらい毎日作ってくれるしー』って言うの」


彼女はフェリクスの真似をしてそんなことを言いつつ、さらに眉根を寄せた。思い出しても不快だとでも言うように、珍しく子供っぽく頬を膨らませる。あ、かわいい、なんて思ったのは口には出さない。(出したらきっと怒るし。怒って、でもきっと嫌じゃなくて、むっとした振りをするだけだ。そんな彼女も見たいけど、でも会話がうやむやになってしまうのは気が引けるし、あとで言おっかなあ、なんて)
彼女の台詞を聞いて、違和感がないどころか、フェリクスならそのくらい言いそうだと思ってしまって、思わず苦笑した。


「へ…?…は、はは…フェリクスのやつ、なに言ってんの…」
「だからさ、トーリスは私にもしてくれるのかなって」

「………いちおう、私、カノジョ、だし」


彼女がそんなことを言うのは初めてだ。付き合っていることを意識しているのは俺だけだと思ってた。無関心な彼女が、俺に固執してくれているような気がして、気分が高揚する。


「言っとくけどね、フェリクスに命令されたからって、さすがに毎日味噌汁は作らないよ」
「…え、」
「大体、俺はあいつの下僕じゃないし、拒否権だってあるよ。
 俺には君だけいればいいんだ。だから、そのためなら喜んで味噌汁でも卵焼きでも作るよ」


できたらリトアニア料理をご馳走したいけど、と付け足した。
彼女のことを知りたくて、分かり合いたくて日本食を学んだけど。でもやっぱりリトアニア料理のほうが得意だ。肌に馴染んでるからかもしれないけど。


「…トーリスの味噌汁は変だから、味噌汁は私が作る」
「えっ、へ、変って」
「だから、たまにはトーリスの家の料理食べたい」

「トーリスのこと、教えて」


頬を少しだけ赤く染めて、恥ずかしそうに上目遣いで言う彼女がすごくすごく愛おしくて、


(Yesと言うよりも早く、彼女を抱きしめていた)



2011.08.02 三笠