※注)耀にお預けをするとあとが恐いです。ええ、本当に。(後日談)


「熱っ」


夕飯をテーブルへと運んでいた私は、その声を聞いて急いでその声の主の元へと走った。
食事の目の前に座った耀は、お茶を片手に、口を押さえていた。


「どうしたの?」
「お茶飲んで火傷したある…」
「舌を? まったく、ドジね」


小さく息をついて、手に持ったお皿をテーブルの上に置く。
作りたてで熱々の麻婆豆腐。湯気が出ていて、色は赤く、とても辛そうな一品だ。
今日の私の、自信作。


「これじゃあ折角が料理を作ってくれたのに、よく味が分からないある…」
「あなたの不注意が原因でしょ。それに、私だって折角がんばって作ったのにそんなこと言われたらどうしようもないじゃない」


その言葉で、ようやく私の気持ちまで想像できたのか、また一段と耀はしゅんとした。
お茶をテーブルに置いて、小さくためいきをつく耀。
まったくもう、どうして今日はこんなにマイナス思考なのかしら。


「ごめんある…」
「…じゃあ、これからはちゃーんと冷ましてから食べること」
「わかったある」


その返事を聞いて、しょぼくれた耀の頭にそっと手を伸ばした。
そのまま、よしよし、と優しく撫でてあげると、耀は怒ったように口を開く。


「やっやめるある!我はよりもずっと年上あるよ!子供扱いされる筋合いねーある!」
「えー。でも、落ち込んでる耀は可愛いし」
「可愛くないある!せめてかっこいいって言うある!」


耀は衝動的に立ち上がって、私の後頭部に手を伸ばした。
あ、キスされる。
そう思った瞬間には、もう、唇は重なっていた。
ぬるりと蠢く舌が、私の口内に侵入して。
舌と舌が絡まって、唾液がかきまぜられて、息が上がる。


「っん、ぅ」


何度も角度を変えて重なるうちに、呼吸はどんどん苦しくなって。
ふと、自然のものではない甘みが気になった。
耀と舌を絡めるうちに、少しずつ味が伝わって、この味はえーっと……、チョコレート?
気付いたところで、耀の唇が離れた。


「っはぁ、どうある。これで可愛いなんて言えないあるな」
「…うん。あのさぁ、もしかして耀、チョコレート食べた?」

「…なんでバレたある」


ああそうか、耀が急いでお茶を飲んだのは、夕食直前にチョコを食べたことを
誤魔化すためで。つまるところ私の作った料理をおいしく食べられない理由なんていうのは、お茶が熱かったことよりも、チョコレートを我慢できずに食べたことのほうが正しいわけで。
そう考えたら、なんだか意地悪したくなってきた。
なによ、私が折角耀のために腕をふるったっていうのに、その直前に耀はチョコを食べるのね。私の料理を待つよりも、チョコを食べる方がおいしいってわけね。ええそう、わかったわよ。それならこっちだって考えがあるわ。


「私が折角、耀のために料理を作ってたのに、その間に耀はチョコを食べてたのね。ふうん、そう。そうなんだ」
「ちょ!待つある!落ち着くある!チョコを食べたのは本当あるが、それは別にの料理に不満があるわけじゃなくて、ただちょっとお腹がすきすぎて我慢できなくなっただけある!」
「今日一日、キスもそれ以上も禁止」


その言葉を聞くなり、耀は口を半開きにしたまま硬直した。
その間に私はテーブルに添えられた椅子に座る。


「そ、それは今回のことには関係ねーある!撤回するよろし!」
「嫌よ。痛い目見ないと覚えないでしょう」
「こっちこそ嫌ある!折角今日は一緒に過ごせるのに、なにもしないなんて無理ある!我慢できねーある!」
「だから我慢強くなれって言ってるんじゃない。あ、いただきます」


耀を無視して食べ始めると、むっとした耀が先ほど座っていた椅子に座りなおした。
そして耀も、いただくある、と一言言って食べ始める。


「…そんなに言うなら、今日は我慢してやるある。今日は、あるよ」
「はいはい。あ、今日の自信作は麻婆豆腐だけど、食べる?」
「食べるある!ふーふーして食べさせてくれると嬉しいあるよ!」
「……甘えないの、」


子供みたいに口を開いて待つ耀に、私はしかたなく、麻婆豆腐を掬って、冷ましてから耀の口元に持っていった。
耀の口がそれに近づいて、そっと食べやすいようにレンゲを傾ける。
そして、また私は普通に食べ始めた。
耀はゆっくりと幸せそうに笑顔を浮かべて咀嚼していた。


「おいしいある。やっぱりは料理が上手いあるね」
「はいはい、それはどうも」


照れ隠しもあって、耀の顔を見ずに答える。
私も自分の食べる分を掬って、咀嚼する。ああ、うん、確かにおいしい。


「じゃぁ、明日ちゃーんと今日の分のお礼するある。今日やれない分は明日全部取り返すある。逃げたら無理やりするからお勧めしないあるよ」

「…うん?」


思わず耀の顔を凝視する。あれ、なにこの笑顔。
にっこりと、一見すると無邪気な笑みなのに、なんでだろう。なんていうか、その、…背筋が凍った。


「…えっと、耀?」
「なにあるか?」
「お礼って、ナニ、する気?」


お礼をすると言われているのに、どうしてこんなにも嫌な汗が出てくるんだろう。
今日やれない分、という言葉も気になる。
えっ、なに。耀はなにをする気なんですか。


「ナニ、ってそんなの決まってるある。セッ、」
「ちょっと待って!いい!言わなくていいからっ」


うあ、と呻きながら頭を抱える。
ああもう、どうしてこうなったの。
私絶対なにも悪くない。ご機嫌に夕飯を食べる耀の前で、私はなにをしてるんだろう。


「今日中に覚悟を決めとくある。明日はちゃーんと我がに尽くすから、全部我に任せるよろし!」
「………逃げたい」
「逃がさないって言ったあるよ」


にこにこと笑いながら、耀はそう言う。先ほどまでの焦ったり拗ねたりといった表情はどこへいったのだろう。
いつの間にか逆転していた立場は、どうにも覆りそうもない。


「…お手柔らかに」
「それは、次第あるよ」


そう言ってにっこり笑って食事を続ける耀がどうにも可愛くて。嬉しそうで。
なんだかそのまま許してしまいそうになった。


…許すも何も、とっくに怒ってなんかないのだけど。





だってあなたが好きだから。
(どんなことしてもされても、全てはこの一言に尽きるのです)




2010 5 30 三笠