02


「ハリー! せいぜい一つ向こうの火格子まで行きすぎたくらいであればと願っていたんだよ……」


ハグリッドの隣に見つけた、まだあどけなさの残る黒髪の少年。
彼を見つけるやいなや、ウィーズリー一家は人混みの中を掻き分けるように進んでいった。
身長の高い男性たちはまだすんなり進めるけれど、私は気を抜いたら後ろに押し戻されるばかりで全然進まない。


、俺たちの後ろについてきたほうが楽だよ」
「さっきから全然進んでないもんな。夏休みでちょっと縮んだんじゃないか?」
「ち、縮んでないっ ちょっとは伸びたよ、きっと!」
「えっ、そう?」
「ジョージまで! 成長期の2人と一緒にしないでもらえる?」


くすくすと笑いながらも、結局は腕を引かれて、前にフレッド、後ろにジョージ、というサンドイッチ状態でどうにかハグリッドとハリーの元へ辿りついた。一人で行くよりずっと早く楽だったことは言うまでもない。


「どっから出たんだい?」
「夜の闇横丁」


ハグリッドの答えを聞くなり、私の前後で「すっげぇ!」と声が上がった。いきなりの大声に肩が飛び上がってしまって、ジョージが小さくごめんと謝った。大丈夫、と口の動きだけで表すと、分かってくれたようでジョージは笑みを浮かべた。


「僕たち、そこに行くのを許してもらったことないよ」
「そりゃあ、そのほうがずーっとええ」


呻くようなハグリッドの声に、私は心の底から同意した。
夜の闇横丁はダイアゴン横丁と違って、闇の魔術など違法なもので溢れている。見るからに怪しい場所だ。
時折、夜の闇横丁からダイアゴン横丁にはみ出してきた人を見るけれど、近づきたくないなあなんて思ってしまう。
そんなことを考えている間に、モリーさんとジニーが追いついて、ハリーが無事かどうかと確かめていた。
煤で汚れたハリーは、すぐに綺麗に元通りだ。


「さあ、もう行かにゃならん」


ハグリッドが言った。その手をモリーさんが掴んでお礼を言っていたけれど、ハグリッドはそのお礼を手で制して、大股で歩き出した。


「ポッター、ハグリッドにお礼は言った?」
「あ! そうだ、ハグリッド、ありがとう!」


モリーさんがようやく握り締めていたその手を離して、そしてハグリッドは嬉しそうに離されたばかりの片手を上げた。
普通の人よりも大きい身体と“森番”の名に相応しい毛むくじゃらの顔ので、なかなか人が近寄ってこないせいもあるかもしれない。
ハグリッドは、お礼を言われたり尊敬されたりということに免疫が少ないのか、普通よりも大げさに反応をする。


「みんな、ホグワーツで、またな!」


それぞれがなにか言ったり手を振ったりしてから、みんなでグリンゴッツへと入っていった。
私は既に買い物は済ませてあるし、人の金庫を見るのはあまり良くないなあと思って、ハーマイオニーと一緒に残った。
グレンジャー夫妻が換金しているのを、ハーマイオニーの隣で待つ。
夫妻とはあまり話していないが、いい両親だなあと思う。いきなり娘が魔女だと言われて、それでも買い物についてきてくれて、魔法界のことを知ろうとしてくれている。


「いいなあ」
「なにが?」
「え、あー…、えっと」


無意識に洩れた言葉を、ハーマイオニーが拾う。
こちらに向けられた純粋な視線から視線を逸らしながら、なんて言おうかなあと考える。


「えっと、いい両親だなあって」
「あら、そう? あなたの両親は有名な闇払いだって聞いたし、羨ましがることはないと思うけど」
「…ん、まあ、そうかな。両親のことは大好きだよ」


好きだけど、たまには一緒にいてほしいときもあるよ。
ハーマイオニーは、私の両親が存命だと思っているのだろう。「忙しい職業だものね」と一言言っただけだった。
そういえばおじいちゃんに最後に会ったのはクリスマスだっけ。
今もルーマニアにいるのかなあ、なんて。それすら知らない自分に気付いて、呆然とした。


「家に帰ったら連絡してみようかな」
「そうね。今ならまだ夏休み中に会えるかもしれないし」


ハーマイオニーの言葉に頷きながら、私はゆっくりと頭の中でいろんなことを考えていた。
もし両親がいたら、買い物にも一緒に行ったかな、ホグワーツに手紙が届いたかな、なんて。

有り得ないことをつらつら考えたって埒が明かないのに、辛くなるだけだって分かっていたのに。
誰かの親を、写真でしか知らない自分の親と重ねて、ゆるりと考えた。


(いつだって1人で生きている気分だった。自分のことを考えてくれる両親がいてくれたらと何度も何度も考えた)


2012.8.11 三笠