フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ行くと、なんだか人で溢れ返っていた。 上階の窓に大きな大弾幕が張っており、それを見てすぐに理由が分かった。 今日はギルデロイ・ロックハートのサイン会があるようだ。 彼は多くの本を書いており、そこで描かれた冒険すべてを「自分がやった」と言っている。彼はクールでスマートで、勇気で溢れていて、笑顔が素敵――という噂で、多くの女性ファンがついている。 本を読む限りでは凄いと思うけれど、私はなんだか好きになれないでいた。 あまりの人混みに、私は入るのを躊躇い(既に本自体は買ってあるし)、モリーさんに外で待っていると告げた。 「時間かかりそうだし、他の店に行ってようかな」 ロックハートに興味はないし。 少なくなった薬草を仕入れてこようか。夏休み中にたくさん作ったせいで材料が少なくなっている。 ホグワーツの上級生ともなると、ただの喧嘩が呪いの掛け合いにまで発展するし、傷薬はいくらあっても足りない。 「これはこれは、確か家の」 どうしようかな、と考えていると、ずっと上の方から声をかけられた。 綺麗な長髪をそのままに、真っ黒のローブを着ている――、ルシウス・マルフォイ。 その隣には、息子のドラコ・マルフォイがいた。 「ルシウス・マルフォイさん、ですね? お噂はかねがね伺っております」 「ああ、そうだろう。私も君の噂は少々聞き及んでいる。確か、有名な君の祖父君は、アー、ドラゴンの研究をしているだとか?」 「ええ、まあ。そのようですね」 「相変わらずのご様子だ。もし私なら、ドラゴンなんかと関わりたいとは思わんがね…」 「…聞いていたとおりの方で安心しましたわ、マルフォイさん」 黒い噂の耐えないマルフォイ一家だ。 話したところでいい気分にはならないとは思っていたが、早速悪い気分にさせられるとは思ってもみなかった。 引きつりそうになるのを堪えて、必死で笑顔を作る。 「君の両親を知っている。どちらも勇敢ではあったが、少々人を見る目がなかったな」 「ええと、それはあなたが判断することではないように思えますけれど」 「いや。折角優秀な血を受け継いでいたのに、死を選んだ。君はもう少し賢いといいが」 「母も父も、賢く勇敢でした。自身の命よりも大切な使命があった。それを果たしたんです。あなたが判断できることではありません」 「ほう。両親の遺志を引き継ぐとでも言うのか」 「ええ。私は2人を尊敬しています」 作り笑顔も消えうせた。 騎士団で立派に戦い、そして亡くなった両親を貶されて、怒らないではいられなかった。 話しかけたときから崩れない、ドラコ・マルフォイと同じ薄ら笑い。 「、待たせたね。―――ああ、ルシウス」 「これは、これは、これは――、アーサー・ウィーズリー」 書店から、ウィーズリー一家が出てきた。 沢山の本を抱えている。どれも豪華なロックハートの本だった。 「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな?」 ルシウス・マルフォイはジニーの持っていた鍋から中古の本を取り出して表紙を見る。綺麗なものを選んだつもりだったけれど、新品かそうでないかはすぐに分かる。 「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も支払わないのでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ?」 「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」 「さようですな」 ウィーズリーおじさんは、顔を真っ赤にしてマルフォイ氏を睨んだ。 既にこの諍いを遠巻きに眺める人も出始めている。 今この書店の中はすごい人混みだし、この時期、この辺りはホグワーツの学生で溢れる。 早くマルフォイ一家と別れたほうがいいだろうと、マルフォイ氏とウィーズリーおじさんの間に割って入る。 「ウィーズリーさん、まだ買い物はあるわけですし、早く次に行きましょう? マルフォイさん、お話できて楽しかったですわ。お買い物を引き止めてしまって申し訳ありませんでした」 「ああ、君の母君もよくそうやって争いを鎮めようとしていたな。だが、よく言われていたよ。“人もどきが偉そうに指図するな”と」 「ルシウス!」 その瞬間、ウィーズリーおじさんはマルフォイ氏に飛び掛った。 ウィーズリーおじさんに掴みかかられ、マルフォイ氏は本棚に背中をぶつける。ドサドサと本が大量に二人の頭に落ちていく。 止めようと腕を掴もうとするが、掴んだその勢いですぐに撥ね退けられてしまう。 2人は縺れて顔に痣を作っていく。 「やっつけろ、パパ!」 「アーサー、だめ、やめて!」 「! ナーレ、止めて!」 呼ぶとすぐに姿あらわしをしたナーレが、指を振って二人を吹き飛ばす。 同時にどすん、と尻餅をついて、どうにか争いが止まったことが分かる。 モリーさんやロンたちがすぐにウィーズリーおじさんに駆け寄った。 マルフォイ氏にはドラコが駆け寄る。 「――相変わらずだ。家の人間は自分の力ではなにもしない。周りの人間や汚らわしい生物を味方につけ、自身はふんぞり返っている…。そんな人もどきに騙されるとは、落ちるところまで落ちたと思っていたのにな、ウィーズリー」 睨む複数の視線をその身に受けながら、マルフォイ氏はドラコと一緒に立ち去った。 “人もどき”と言われるのは初めてではなかった。 昔から続く名家の人間や魔法省の上官はよくその言葉を口にした。 ふと、心配そうに見つめる下からの視線に気付いて、私は屈んで視線を合わせた。 「ああ、ナーレ、ありがとう。急に呼び出してごめんね」 「いいえお嬢様。いつでもお好きなときにお呼びくださいませ!ナーレはお嬢様のお役に立ちたいのですから!」 「…ありがとう」 照れくさそうに笑って、一礼をしてからナーレは姿をくらました。 立ち上がろうとすると、目の前に差し出された手。 私は一瞬迷って、それでもやはり手を取った。引き起こされた先には、ジョージがいた。 「マルフォイの言うことなんか気にするなよ」 「…うん」 「気にしてる」 「してないよ」 「してるって。俺、騙されてないから」 騙されてない、と言われて、さっきのマルフォイの言葉が頭を過ぎる。 そういうつもりはなかったけど、周りから見たら私は何もしていないことになるのだろうか。それは、母もそうだったのだろうか。 ちくりと胸が痛んだとき、繋がれたままだった手に力が入った。 すぐに、ジョージの顔を見上げた。 「俺が君を選んだんだよ。君は俺を騙そうなんて思ってなかった。違う?」 くしゃりと笑うジョージの顔につられて、私も笑った。 違わない、と言うと、嬉しそうに、だろう?と返ってきた。 2012.8.11 三笠 |