なるべく人のいないところに行きたくて、生徒立ち入り禁止の森の近くの木陰に、隠れるように座った。 そういえば杖を回収するのを忘れていたけど、誰か拾ってくれたかな、とぼんやり考える。 知らなかった、と言ったところでどうしようもない。 手紙がおじいちゃんに届くのはいつだろう…。二日くらいかかるかもな。 もしもマルフォイが言っていたことが本当だとして、私がどうこうなることはないけれど、周りは気にするのかなあ、と考えてみる。 なんの血が流れているんだろう。 辛いような悲しいような、形容しにくい感覚だった。 「狼人間みたく我を忘れることはないから、誰にも迷惑かけないのはいいけどなあ」 はあ、と深いため息をつきながら抱えた足に顔を埋める。 もしも自分が1人だったら。学校に入る前だったら、こんなふうにショックを受けることは無かったと思う。 魔法生物は好きだし、彼らの血が流れているというなら、それはそれで喜びもあったかもしれない。 けど、今は違った。 友達がいて、尊敬する先生たちがいて、そんな中で同じでないということは少なからず、ショックだった。 しかも、仲のいい友人たちが殆ど揃っている場所での告発だった。 このせいでみんなが離れてしまったらどうしよう――。 みんなを信じたいし、そんな人たちじゃないって、わかってる。でも、不安は不安しか呼ばなくて、もやもやと暗い気分が満ちていた。 あ、涙でそう。 そう思って堪えようとするけど、ぼろぼろとあふれ出てきてとまらない。 ぐすん、と泣いているような、声が出て、どんどん自分が嫌になってきた。 泣いてどうするの、と思うし、泣くよりも直接確認すればいいじゃない、と思う。 けど、確認するなんて怖いし、できないし、今は泣くのが一番自分に正直で、辛くない方法だった。 「、」 ぐすぐすと泣いていたら、背後からかけられた声。 一番好きで、一番聴いていたい声で、でも、今は聴きたくなくて、振り返ってすぐに逃げ出そうかと思ったくらいだった。 「こんなとこで泣くなよ。見つけらんないだろ」 「…見つけたじゃない」 「ちょっと裏技で、尊敬する先輩方の力を借りたんだ」 それって誰なの、と言いながら目元を擦って涙を拭う。 今度教えてあげる、とジョージは言いながら私の前に膝をついて、私を抱き寄せた。 逃げないように腰を引き寄せて、頭や背中を撫でてくれて、その優しさにまた涙が出た。私はジョージの背中にしがみつくように手を伸ばした。 「…お、っと、俺はいないほうがいい?」 「フレッド?」 「うん。俺も気にしないよって言いに来たんだけど、邪魔なら立ち去るよ」 ジョージの胸から顔を上げると、フレッドの姿が見えた。 優しく撫でてくれるジョージと逆に、フレッドは私の顔を見てすぐに「ひでー顔」とくつくつ笑い出したから、お礼を言うよりも怒りたい気持ちでいっぱいになった。 でも、荒く擦った目は赤く充血しているだろうし、ひどい顔なのは予想ついてる。 拗ねるように、私はまたジョージの胸に顔を埋めた。 「……いてもいいよ」 「別に構わないけど、いてもいいって普段のからは想像できないくらい偉そうな言い方だよな」 「あんまり機嫌よくないからな。拗ねてるときは大体こんな感じだよ。俺はわかりやすくて好きだけど」 好き、の言葉で、思わず機嫌が良くなってしまいそうで、でもさすがにそれは単純すぎると思って必死で顔に出さないように堪える。 葉っぱの擦れる音で、フレッドがジョージの横に座ったのがわかった。 「アンジェリーナたちが心配してたぞ。急に消えるし。…あ、サンドイッチ美味かったって伝えてくれってさ」 「あの後、医務室で食べたんだ。マダム・ポンフリーは嫌がってたけどな。でも事情を知ったフーチが取り成してくれてさ。スリザリンは悪質だって5点減点された」 しがみついていた手の力を抜いて、俯きながら身体を起こした。 涙を拭いて、ぐすぐすと鼻を何度か鳴らして、それから二人を見る。 二人はいつもどおりの顔でこちらを見ていた。 「……気にしてないの?」 「なにか気になることあったっけ」 「マルフォイが、その、言ってたこと、なんだけど」 二人は、私の言葉にきょとんとして顔を見合わせた。 「が侮辱されたことにはキレたけど、だから何って感じだよな」 「つーか、なんかむしろ納得したっていうか。何の血が入ってるのかは知らないけど、飼い主以上にエロールを心配したり、どう考えても危険な生物と一緒に寝たり、ちょっとずれてるなとは思ってた」 「えっ、危険じゃないよ…? もうお互い慣れてるし、小さい子がぬいぐるみ抱いて寝るのと似たような感じじゃない?」 同意を求めてみるが、二人は同時に首を横に振った。 私は幼い頃からの習慣だし、むしろ一緒に寝ないほうが違和感あるから、えー?と不満げに声を上げた。 「ぬいぐるみとナールを一緒にすんなよ。朝起きたらベッドごと粉々かもしんねーんだぞ?」 「そんなことないって。そりゃあ、そのくらいの力は持ってるけど、間違って攻撃しないくらいの判断力はあるよ!」 「ハリネズミに間違えられると怒ってその辺のもの壊しちゃうような生物だよな?」 「魔法生物としてのプライドがあるのは当然だと思う」 断言すると、二人は顔を見合わせてくつくつと笑った。 何で笑うの、と聴くと、ますます二人は笑うから意味が分からない。 「やっぱりはだよな。あーおもしれえ」 「ば、ばかにしてる?」 「してないよ。てかさ、何の血が入ってるの? 俺らはといるの楽しいから一緒にいるだけだし、聞いたってなんも変わらないからさ。もし良ければ教えてよ」 「えっ」 今の会話で、二人が全く気にしていないのはわかった。 分かったけど、私だって詳しくは知らない。 「……私も知らない、かな」 「「は?」」 正直に言った途端のこの言葉だ。 あんぐりと口を開けて、呆然として、そしてまたくつくつと笑い出す。 「知らないって、自分のことだろ?」 「だ、だだだって、誰もなにも言ってなかったし! 時々人もどきって陰で言ってるの聞くからどういう意味かなとは思ってたけど…!」 「の家って結構凄いんじゃないの。屋敷しもべ妖精いるし、魔法省からの縛りを受けない唯一の家系ってうちの親父は言ってたけど」 「えっ、そうなの?」 「……なんか当の本人よりもうちの親父のが詳しそうだな」 案外そんなもんなんじゃないの、と言うと、そうかもな、と二人は言った。 自分についてなんて有名でもなんでもないし、調べようと思ったことなんて一度もなかった。 調べておけばよかったなーと今更ながらに思う。 「まあいいや。はだし」 「そうだな。あ、杖はアンジェリーナが持ってるから、あとで返してもらえよ。心配してたし、できたら早めのほうがいいと思う」 「うん、ありがとう。そうするね」 へらっと笑うと、二人とも頭やら背中やらを撫でてくれた。 きっとジニーによくする仕草なんだろう。 此処にきたときと正反対に、私の中は温かい気持ちでいっぱいになっていた。 2012.8.12 三笠 |