11



「大丈夫かな」


ハロウィン・パーティのあとの騒ぎにざわつきながら寮に戻る途中、後ろで小さく呟く声が聞こえた。
フレッドと話すのをなおざりに、思わず振り返って声の主を見る。
少し驚いたようにこちらを見ると目があった。


「なにが?」
「ミセス・ノリス」


隣でフレッドが小さくため息をつくのが聞こえた。
俺も心の中でフレッドに同意しつつ、言葉を紡ぐ。


「ダンブルドアが連れていったんだ。言い方は悪いかもしれないけど、――もし助かる可能性があるなら、助かるんじゃないかな」
「うん、そうだよね。うん…」


ミセス・ノリスは管理人フィルチの飼い猫で、正直ホグワーツにいるどの学生も鬱陶しく思っていた。
だから、悲しむよりは気味が悪く、本気で心配している人間なんて数少ないと思う。


「秘密の部屋っていう言葉も気になるの。なにかの本で読んだんだけど、知ってる?」
「前にビルが話してたのを聞いたことあるけど、あんまり覚えてないな。サラザール・スリザリンがこっそり作ったってやつじゃなかった? フレッド、覚えてる?」
「俺もそのくらいしか覚えてねえな」


サラザール・スリザリンといえば、ホグワーツを作った4人のうちの1人で、純血の人間のみを入学させるべきといった方針だったはずだ。
「継承者の敵よ、気をつけよ」の言葉から察すると、継承者は純血で、その敵はマグルなのかも、なんて考える。


「スリザリンの継承者なら、やっぱりスリザリンの人間なんだろうな」
「ああ。そうじゃなくても純血の人間なんじゃないか? 実はサラザール・スリザリンの子孫だ、なんて奴いるかな」
「いたら面白いよな。そんな奴の話、聞いたことないけど」


は会話を聞いているだろうが、特に何も言わない。たぶん、考え込んでいるんだろう。秘密の部屋はなんなのか、ミセス・ノリスをあんな目に遭わせたのは誰なのか、どうやったのか、どれも材料が足りなすぎて結論が出ない。
ふと、先ほどダンブルドアたちに連れて行かれたロンにハリー、ハーマイオニーが思い浮かんだ。


「…にしても、ロンたちはまーたトラブルに首を突っ込んでやがるな」
「だな。どうせなら俺たちも巻き込んでくれればいいのに。結構おもしろそうだ」
「ちょ、ちょっと二人とも。ミセス・ノリスを見たでしょ? 危ないから二人は首を突っ込まないでよ?」


焦ったようにはこちらを見て声を荒げた。
少しだけ眉を寄せて心配そうに見上げる様子はなんとも言えない。
フレッドと顔を見合せて小さく笑った。


「どうだろうな。たとえばロンが助けを求めてきたら助けるかもしれないし」
「俺たちがなにか重要な手掛かりを見つけたら、それを追求しようと秘密の部屋を探すかもしれない」
「“マクゴナガル先生にお伝えしよう”なんてことは考えないのね…」
「もちろん考えないさ。まあ、何をするにしても、死なない程度にだけどな」
「あ、当たり前です!」


怒るのは心配してるから、というのは長年お袋に怒られてきた俺たちはよく知っている。
怒ったように眉間にしわを寄せるを見ながら、こんなに堂々と怒るのは前じゃ考えられなかったかもと気づいた。
心配なら心配と言ってくれれば少しは控えるかもしれないのになあと思いながら、くすくすと笑う。それにが気づく日は来るんだろうか。


「…なんで笑ってるの?」
「んー…? なんでだろうな」
「えっ、なに、気になる」


さっきまで考え込んでいた様子は何処へ行ったのやら。
こちらを覗き込みながら首を傾げる姿は完全にこちらのことしか考えていない。嬉しいような照れくさいような気持ちを抱えながら、くるりと背中を向けた。前を歩いていた奴らが立ち止まり、どうやら先頭集団がグリフィンドール塔へ到着したらしい。


「――じゃあ、ヒントをあげよっかな」
「! うん」
のことだよ」


一瞬目を輝かせたは、すぐにまた考え込むように首をかしげた。


「…それだけ?」
「それだけ」


不満げな様子を見ていると、すぐ隣から小突かれた。
フレッドと、いつの間にかリーまで揃っていて、そちらを振り返る。


「なに」
「いいのかと思って」
「なにが?」
「こんなグリフィンドール生が集まってる中で、ふつーに声も潜めずにいちゃついてるからさ」


ふと周りを見ると、視線が、特に女子の視線がこちらに集まっていて、あ、と思った。目の前のは笑みがひきつっていて、一瞬視線を見合せたあとでぱっと恥ずかしそうに下を向いた。
そりゃあ恥ずかしいか、と苦笑しながら、誤魔化そうかいっそのことばらしてしまうかと考える。


「いちゃついちゃいないって。ただの世間話」
「まあ、どっちかって言うとお前が必死でを口説こうとしてるだけっていうかな」
「えっ、く、口説こうって、」

「ね、ねえ、ウィーズリーって、まさかのこと好きなの?」


飛び込んできた女子の声に、営業用の笑みを浮かべる。
そして本心から、あえての方を向いて言葉を紡いだ。


「好きだよ。今まで会ったどの女の子よりも、ずっと好き」


一気に黄色の歓声が廊下に響いた。
先ほどまでの秘密の部屋関係のざわついた空気が一変して、中心がこちらに変化して、興味津々といった様子で皆がこちらを見つめていた。
俺の片思いで通そうかと思ってたのに、ちょっと計算違いだった。告白まがいなこと言わなきゃよかったな、と思うけど、言ってしまったものは仕方がない。
明らかにの返事待ちの空気になっていて、これはには酷だな、と素早くの手をつかんだ。


「え」
「結果は後ほど個人的にお聞きくださいませーってことで」
「早めに戻ってこいよー」
「オッケー。後でな、フレッド」


半ば無理やりの手を引いて、小走りで今来たばかりの廊下を逆走する。
少し振り返って見たの顔は耳まで真っ赤で、落ち着いたらすぐ謝らないとだめかなあ、なんてぼんやりと考えていた。




2012.12.26 三笠