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階段を駆け下りて、周りに誰もいないのを確かめてから適当な部屋に入った。少し走ったからか羞恥心のためか、の息は少し乱れていた。
窓から入る月明かりだけの部屋は静かすぎて、ちょっとした衣擦れとか呼吸とか、そんなものがすべて聴こえてしまって、ちょっと居心地が悪い。
繋いだままの手が、熱かった。


「アー、…えと、ごめん」


とりあえず謝っておくけど、はこちらに背を向けたままだった。
それはこちらを見たくないためなのか、真っ赤な顔を見せないためなのか、判断できないまま、まだ少し上下する呼吸が落ち着くのを待った。


「…なんで、謝るの」


少し時間がかかって、そんな言葉だけが返ってきた。
そんなことを聞かれるなんて思ってなくて、つい首をかしげた。


「なんでって、人前で嫌だっただろ」
「は、恥ずかしかったけど、別に、嫌、じゃなかった、…気がする」


嫌じゃなかった、と聞いて少し嬉しくなった。
目立ったり騒ぎになったり、そういうのは全て嫌だと思ってた。俺とのことがばれるのも望んではいないと、そう思ってた。
けど違うとわかって、思わず機嫌がよくなって、ついついからかいたくなってしまう。


「耳、赤いよ」
「っ、さ、寒いから」
「俺があっためてあげようか」
「!? い、要らない…」


要らないと言われても、もう俺はすでにそのつもりになっていて、繋いだままの手を無理やり引っ張った。
そして思った以上に軽くついてきた身体を抱きしめる。


「いっ、要らない、って、わたし…っ」
「でも俺はほしかったから」
「なら一言言ってからに、し して」
「ん。抱きしめるよ、って? それもなんか情緒がないっていうかさ」


それはそうかもしれないけど、と呟きながらも、俺の胸に顔を寄せるは抵抗なんて一度もしていない。
言葉では必要ないなんて言ったって、反抗しないんだから意味がない。
手はつないだまま、もう片方の手での背中を撫でる。未だ赤いままの耳を見つけて、触れるだけのキスを落とした。
それだけで、の身体は大げさなくらいびくりとはねた。


「っひ、」
「ああ、ごめん。びっくりした?」
「び、びっくりした…してる」
「…なあ、。キスしようか」


明らかに動揺しているは俺の顔を見上げて、そして無意識にか、足を一歩後ろに下げた。
俺はなんだかそれが許せなくて、下げた分の一歩分、自分の足を進めた。


「いっ、今じゃ、なくても」
「え、結構今そういう雰囲気だと思ってるんだけど」
「それ、それは、そ、だけ、ど」
「じゃあさ、ほら、こっち向いて」


の顔に手をあてて、こちらに上げようとする。なんだか焦ってる自分に気付きながらも、止められなくて苦笑する。


「だ、だめ、」
「だめ? そういう気分じゃない?」
「その、と、とにかくだめ、だから。ま、また今度にして」


あてていた手を外され、逃げるように距離を取られた。
謝るより前には顔をそむけて俯いていて、表情が読めない。
キスが嫌なのか俺が嫌なのか。いろいろ考えがネガティブになりがちで、どうにも言葉が出ない。
結局、特に何も話さないまま、そのあと少ししてから、寮へと戻った。



2012.12.26 三笠