14



既に3日も続く雨音を聞きながら、魔法薬の宿題をした。
図書室の一番奥の椅子は私のお気に入りの席。一番静かで一番辺りを見渡せる場所だ。
そこで、さらさらと羊皮紙に筆を走らせ、時折参考書のページをめくる。


「それ、魔法薬?」
「…そうだけど、クィディッチの練習はどうしたの?」


目の前に来たのは、アンジェリーナ。
少し濡れた髪をそのままに、彼女は私の目の前に腰を下ろす。
テーブルの上には、数冊の本と羊皮紙と羽ペンが置かれた。


「あら、試合は明日よ。今日は調整だけで、早めに終わったの」
「あ、そうだった。もう明日だっけ」
「そうよ。ねえ、ロックハートの宿題やった?」
「やったけど…。なんかもうやっつけだから見せられないよ」


既にまとめて鞄に入れた羊皮紙の1つがその宿題だ。
水魔の特徴を書けとか武装解除術の説明とか、今まであった「闇の魔術に対する防衛術」の宿題とは全く内容が異なって、戸惑うばかり。
今回の宿題は、「“雪男とゆっくり一年”の感想を詩であらわせ」といったもの。
これのどこが防衛術の授業なのか、甚だ疑問に思ってしまう。


「ロックハートを褒めればいい点数をもらえるかしら」
「んー…、たぶん」
「そうよね。じゃあ、そうするわ。気は優しくて、勇敢で、」
「誰もが噂するロックハート?」


ただ褒め言葉を並べるだけのアンジーの詩をくすくす忍び笑いをしながら眺める。
本当には思っていないことが丸わかりの内容で、時折私も思いついた言葉をつぶやくと、採用されたりする。


「そうね、それで、ええと−−雪の白に映える、輝く金の髪」
「ねえ、それただのロックハートを賛美する詩だわ」
「あら、だめかしら」
「雪男とのことを入れたらどう? 巨大な雪男に立ち向かう、真摯なロックハート、みたいな」
「それもらうわ。ンー…、その心中はいかに、で切ったら駄目かしら」
「それ、本の宣伝みたいに聞こえるわよ。わたしは面白くて好きだけど、詩じゃないわね」
「そうよねー…。意外と難しいわ」


書いたり直したりを繰り返すアンジーを見ていたけど、ふと思い出したように自分の宿題に戻る。
年々増えている宿題は、それと同時に難易度も上がって、参考書をめくる回数も増えた。前は教科書だけでどうにかなったのに、というのは言っても仕方がないことだ。
―――と、下を向いて自分の宿題を見ていたところで、同じテーブルにまた別の人がやってきた。


「やあ、お二人さん。魔法史の宿題って終わってる?」
「さっきぶりね、フレッド。…これを見て、終わってると思う?」
「それは失礼。は?」
「終わってるけど見せないよ」
「相変わらず手厳しいな」


クィディッチメンバーは毎日毎日練習に明け暮れているから、宿題をする暇はあまりない。だからなのか、図書室でメンバーの1人を見ると、2人3人とまとめて見かけることは珍しくない。
今年のグリフィンドールメンバーは特に張り切っているらしく、雨の日だって気にせず箒を持っている。
アンジーが来たときにもしかしたらとは思ったけれど、続いてフレッドも席に座った。


「参考文献のメモくらいならいいけど、どうする?」
「もちろん見せてもらうよ。どのくらい時間かかった?」
「今回はそんなにかからなかったよ。1時間かからなかったくらい」
「オッケー、恩に着るよ」


メモを別のメモに写して、フレッドに渡す。
軽く目を通して、フレッドは荷物を席に置いたまま立ち上がった。


「じゃあ本探してくる。こことそこ、空いてるよな?」
「うん、空いてるよ」


フレッドは、自分の荷物を置いた席と私の隣を指差した。
空いていると返しながら、私は椅子に置いていた自分の荷物を床へと移動させる。
もしかしたらジョージが来るのかな、と考えてしまうのは当然のことだろうか。


「リーが来るから、そこも空けといて」
「え、ジョージじゃないの?」
「ご期待に添えなくて悪いけどさ。ジョージは部屋に戻ってるよ。宿題はあとでやるってさ」


珍しい、とつぶやいた私を見て、フレッドは苦笑した。
アンジーは私と同じように意外と思ったのか、首を傾げた。


「どうかしたの? 練習中はいつもどおりだったと思うんだけど」
「ああ、うん。あいつ、最近ちょっと元気ないんだよ。病気とかじゃないんだけどな」


そこまではアンジーを向いて、そしてそのあとでこちらを向いた。
そして声を潜めて、窺うように私に質問をした。


「…で、疑って悪いんだけど、。もしかしてあいつになにかした?」


一瞬間をおいて、してない、と返した。けど、今回の場合はしてないことが問題だ。





2012.1.2 三笠