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その日、放課後の数時間の間だけ、談話室はとてもとても静かだった。
みんなが「決闘クラブ」に行ってしまったこともあるし、ホグワーツ内で異変が起きていることもあるだろう。
自室ではなく、談話室で宿題を終わらすことができたのは、決闘クラブの余録だったと思う。これに関して言えば、ロックハート先生にちょっとだけ感謝だ。


「なあ。決闘クラブでなにがあったと思う? すごかったんだぜ。なんと、あのハリーがパーセルマウスだったんだ!」


決闘クラブから戻ってきたと思ったら、どうにもみんなざわついている。すぐに興奮した様子で話しかけてきたジョージを隣に座らせて、話を聞いた。その様子が犬みたいでちょっとかわいいなって思ったのは、絶対に拗ねるから口には出さないでおく。


「ハリーがパーセルマウス?」


聞き返すと、やはり興奮した様子で、決闘クラブであったことを話してくれた。マルフォイが蛇を魔法で出したこと。ハリーが蛇語を話したこと。蛇はシェーマスを狙っているように見えたこと。蛇は闇の魔法使いの証と言われているから、ハリーはスリザリンの継承者ではないかと言われていること。


「まあ、パーセルマウスなんて言っても、ハリーはハリーだしさ。蛇語なんて珍しいし、動物好きのとしてはちょっと嬉しいんじゃねーかなとか思ったりして」
「あ…、えと、実は蛇だけは苦手なんだよね…」


他のどんな動物も好きだけど、蛇は苦手だ。
あのねっとりとした動き、大きいものは人間すら丸呑みするし、知らず知らずのうちに近寄ってくるのがなんとも言えず怖い。


「へ? そうなの?」
「うん。蛇だけはほんと…むり」
「あ、そうなんだ。たまに女でも、目がかわいいとか模様がかわいいとか言うから、はももちろん好きなのかと思ってた」


意外そうにジョージはこちらを見ていた。
私は動物ならなんでも好きだと思われていたのだろうか。私にだって苦手な動物くらいいる。


「意外だな。他に苦手なものある?」
「うーん…、そうだなあ…。高いところとか」
「え、それは知ってる。てか、まだ克服してなかったんだ…。もう平気だと思ってた」


夏休みの特訓で箒には少し乗れるようになった。けど、高いところが苦手なのがなくなったわけではない。落ちるのはこわいし、落ちそうになるのもこわい。落ちる可能性のある場所に行くだけでこわい。


「え、平気じゃない…まだ怖いよ」
「そう? じゃあ久しぶりにまた練習しよっか」
「う。そ、それはその、なんというか」
「え、ちょっと待ってそこから? 夏休みに結構乗れるようになってたじゃん」
「ううう、それはそれっていうかその、自信がつくところまでいってないというか」


そう言うと、ジョージは苦笑した。
あまりに情けなくて視線をずらす。


「まあそのままでも俺はいいけど」
「私はあんまり良くないってば。クィディッチも見てるだけで怖いし。もうちょっと度胸とかいろいろほしい。グリフィンドール生なのに、勇気なんて欠片もない。組み分け帽子はどうして私をグリフィンドールにしたんだろう」


ふうと息をついて、ソファにもたれかかる。
グリフィンドールに選ばれたときびっくりした。父はグリフィンドールだったけど、母はレイブンクローだったから。私もレイブンクローだと思っていた。勉強は嫌いではないし。成績も、まあ、悪くはないから。


「…そのうち分かると思うよ」
「え?」
「でも俺はあんまり賛成しないから、俺からは教えない」
「え、ねえ、なに? なんのこと?」
「さあね。気にしなくていいよ」


教える気なんてさらさらないようで、ジョージは余裕の笑みを浮かべていた。首を傾げて今の会話から答えを探すけど、ヒントが少なすぎてわからない。


「私は勇猛果敢ではないと思う」
「うん。まあ一般的には勇猛果敢じゃないと思うよ」
「じゃあ一般的ではない勇猛果敢なの? そんな要素ないよ」
「自分じゃわからないよ。っていうか、そんなこと考えなくていいよ。はもっと俺のこと考えてくれたらそれでいい」
「か、考えてるよ」
「だめ。足りない」


ぴしゃりと言い放って、ジョージは真剣な目でこちらを見た。
心臓が急に速度を上げた気がする。


「俺のほうがよっぽどのこと考えてる」


どのくらい考えてるか知りたい?そう意地悪く聞いてくるから首を横に振った。顔が真っ赤だ。急にそんなこと言うなんてずるい。ずるい。ソファの上に足を上げて小さくなって顔を足に埋める。ああもう恥ずかしい恥ずかしい。くつくつ笑うジョージの声が耳に届く。




2014.02.15 三笠