ホグズミードの前日から大雪が降り、とても寒い中の外出となった。 私は、前と同じく午前中を女友達と過ごし、午後からジョージと過ごすことになった。 前回と同じく、郵便局の前で待ち合わせ。フクロウたちはやはり寒いのか、外に出ている数は減っていた。その上、暖をとるように身を寄せ合っていた。 今回は、私の方が先に着いた。 「あ、ごめん。待たせた?」 「ううん、私も今来たところだよ」 「そか。じゃ、どこ行く?」 「ん…と、どうしよう」 この間買ったアクセサリーのお店に行きたいな、と思っていたけれど、少し遠くて迷ってしまう。ブレスレットは今もしていて、なじんで少しだけ色が柔らかくなっていた。 「もしかして寒い? 耳赤い」 「え? んんと、ちょっと寒いかも。思ってたより雪降ってるし」 「だよな。こんなに積もると思ってなかった」 ふうと吐く息は白い。指摘された耳は見えないけれど、手袋越しに手を当てたら冷たくなっていたのが感覚で分かった。 「どっか、店入る? バタービールでも飲んであったまったほうがいいかも」 「ん…、どうしよ」 店の中は人でいっぱいだから、できたら静かなところでゆっくり話したいなと思った。それを伝える勇気なんてない。 「…あれ、手ぶくろしてないの?」 「え、ああ、忘れた」 「寒くない? わたしの片方…あ、でも入らないかな」 「や、いいよ、大丈夫。の手が冷えるほうが問題だから」 「え? 空いた方は繋げばあったかいよ?」 「え?」 「え…、あ、えと…ああの、たとえばの…はなし」 無意識に、手をつなげば、なんて思っていた。 でも、具体的に想像してしまうとそれはすごく緊張する。ああもう、なんで私はこう、なんていうか、恋愛っぽいことがこんなに緊張するんだろう。いつになったら慣れるんだろう。 2人とも黙って真っ赤になっていると、じろじろと視線が気になった。 ああそうだ、今日はホグワーツのみんながいるんだった。ここではすごく、目立つ。 「ひ、人がいないとこ、いこっか」 並んで歩きだす。歩くたびにぼすぼすと雪を踏みしめる音がした。ホグズミードは、ホグワーツ生で賑わっていて、どこもかしこも人でいっぱいだ。甘ったるいお菓子でいっぱいのハニー・デュークスとか、三本の箒とか、ゾンコの店とか、話しながらいろんなお店を通り過ぎて、町のはずれにまで来てしまった。 小さな木のベンチに2人で座る。 雪の上の足跡は、私のものと、ジョージのものが並んでいた。 「手、真っ赤だよ」 「ん? ああ、気にしないでいいよ。いつもこんなんだから」 「だめだよ、しもやけになっちゃうよ」 ジョージの両手を手に取ると、手袋越しにもその冷たさが伝わってきた。その手を自分の頬に当ててみる。その冷たさに一瞬びっくりしたけどでもだんだんと温度が馴染んでいくのがわかった。 「…の顔が冷たくなっちゃうよ」 「すぐ戻るからいいの。でも、あんまり温まらないね」 えい、と手を滑らせてマフラーと首の間に入れてみる。 首がひんやりしたけど、マフラーもあるし、これなら少しは温まるだろう。 「時々さ、」 「うん?」 「すっごい大胆なことするよな。びっくりしてる」 そう言われて、はっとした。思いがけず距離が近かった。 首と手が直接触れ合う感じ。意識するとすごく恥ずかしい。服越しでも触れるのはなんだか恥ずかしいのに、自分からなにをしてるんだ。 顔に熱が集まるのがわかった。握っていたジョージの手を離す。 「ご、ごめん…」 「謝ることはいっこもないよ。むしろ俺は嬉しいし」 首に当てていたジョージの手は、一度私の首を撫でて、それから少し緩んだマフラーを巻き直してくれた。 「ここ、誰もいないんだよな」 「え? うん、こんな雪の日だし、わざわざ外に出る人なんて少ないんじゃないかな」 だよな、とジョージは小さく呟いた。 そして、先ほどよりは少しだけ温まった左手が私の頬に触れた。右手は、私の肩に。 あれ、と思ってジョージの顔を見ると、真剣で。真っ直ぐな目が私を見ていて、どきんと心臓が高鳴った。 どうしよう。もしかして、これって。キス、しようって、こと、かも。 そう思ったらどんどん心臓の音が早くなって止まらない。前は、緊張しすぎてだめだった。こわかった。でも、今、なら。きっと。 ぎゅうと目をつむった。だって、キスって、目をつむってするものでしょう。伝わってほしい。大丈夫だよ、ただ、唇を合わせるだけ、なんだから。 「…」 息がかかるくらい近くで、名前を呼ばれた。ぎゅうと閉じていた目を、うっすらとあけた。今までで一番近く、ジョージの顔があった。緊張してどきどきしすぎて、距離を開けようとしてしまうのを、ジョージの服の裾を強く握って堪えた。あまりに力を入れすぎてて、手が震えた。 肩に触れていたジョージの手が、ふっと背中に回る。やさしく、本当にやさしくゆっくりと、背中をさすられた。は、と息がもれた。あ、息を止めちゃってたんだ、と理解して、呼吸をする。 「そんな、固くならなくていいから。」 「う、うん」 「でも、していいってことだろ。するよ、キス」 ずっと待ってたんだから、とジョージはつぶやいた。待たせてしまっていたのは知っていた。なんでキスの一つもできないの、と女友達に怒られたこともあった(どこからばれたのかわかんないけど)。 ごめんね、とつぶやいたら、ジョージは謝らなくていい、と言った。 顔を上げると、ジョージと目が合った。そっと近づいてきて、残り3センチくらいで一瞬止まる。ゆっくりと目を閉じて、わたしも同じように目を閉じた。 「………、」 鼻先を少しかすめて、唇と唇が触れ合った。 こんな寒いところだから、ジョージのくちびるも冷たくて少しだけ乾いていて、触れた瞬間はよくわからなかった。 2秒か、3秒か、そのくらい短かったと思う。 離れたときに、唇にかかった吐息が熱かった。 「、も、っかい、」 「、ん」 今度は唇を食べちゃうみたいなキスだった。温まったジョージの唇が水気をおびていて、なんだか艶めかしかった。 ちゅ、と音が鳴ってびくりと肩が震えて離れてしまった。 「だめ、とまんない」 「わ、待って、」 「やだ、だめ。もっかい」 じわじわと唇が熱くて、やわらかい感覚がまだ残っていて、ぎゅうと心臓が縮こまったままだった。 右手をジョージの口の前に出して、待って、と伝えようとしたら、人差し指と中指がジョージの口に触れて、びっくりして引っ込めてしまった。 あ、ともう一回伸ばそうとしたら、手首をつかまれて、もう一回唇が触れた。逃げ出さないように、もう片方の手は私の後頭部に。抗議したいけど、唇が塞がれて何も言えない。 「、ジョ、っジ、」 「ん、」 時折少し離れてする呼吸が熱くて、抗議を挟もうとするけど結局名前を呼ぶだけでおわってしまった。唇の感触を味わうような、そんなねっとりしたキスを繰り返して、体中がすごくすごく熱かった。こんな雪がちらつく日の、外で、こんなに体が熱くなるなんて思ってなかった。 ようやく唇が離れても、ジョージは私を抱き寄せて、頬や鼻や額や髪に何度もキスを落とした。ぎゅうと強く抱く手がなんだか嬉しくて好きなようにされていたけれど、なんだか気恥ずかしくてジョージの顔を見られなかったのも事実だ。結局反論なんてできなかった。一回触れるだけだと思っていたのに、なんて。終わってみたら、きもちよかった、わけ、だし。 「癖になりそう」 「、ひ、人前はだめ、だからね」 「わかってる。ああもう、クリスマス休暇が恨めしい。なんかもう一緒に暮らしたい。毎日いちゃいちゃしたい。毎日一緒のベッドで寝て毎日一緒のベッドから起きたい。一緒の場所で働いて好きな時にキスして、そんでの手料理食べて、一緒に風呂入って、やっぱり一緒のベッドで眠りたい。ああもう、結婚したい」 俺のにしちゃいたい、とジョージはつぶやいた。 私の肩に顔をうずめるジョージは、なんだか猫みたいだと思う。すり寄り方とか、雰囲気が。 「寝る前のちゅーとか、前はバカバカしいし砂糖吐きそうって思ってたのに、とだったらしたい。いやむしろする」 「だっ、だから、だめ、だってば。寝る前って、談話室とかだとみんないるし、できないよ」 「…はしたくないわけ」 「は、恥ずかしくて、むり…。」 「できるできないじゃなくて、したいかしたくないかのはなし」 ジョージは、少しだけ顔を上げて、見上げてくる。 そのいじけたような視線とか、聞き方とか、そういうの、ずるい、とおもう。 したいかしたくないか、だったら、 「し、したい、よ」 「ん」 「キス、きもちよかった、し」 「…、ほんとうそういうのダメだってば。いや聞きたいけど。すっげえうれしいけど、でもそういう一言で俺がどれだけ煽られてるか、必死で我慢してるか、ちょっとでいいから考えて。ああもう俺なに言ってんだろ。わけわかんね」 珍しく焦ったようにそんなことを言って、一度抱きしめていた手を離した。そして目を見ないまま、体ごと私のいるほうと逆を向いてしまった。ああクソ、とつぶやく声が聞こえた。 「ね、」 「…なに」 「大好きだよ」 「―――……、」 すこしだけ、いじわるしたい気分だった。 いつも余裕ないのは私の方だったから。 ジョージの顔が、耳まで赤くなった。 ふふふ、と思わず笑ってしまった。だって、いつもは逆の立場だから。こんな顔を間近で見られるなんて思ってなかった。うれしかった。 「うれし」 「何が」 「余裕ないとこ、見られるの」 「俺は嬉しくない。あーもー、はほんとに男泣かせだよな」 なんで?と言って背中を見つめてみるけど、答えてはくれなかった。 拗ねたような仕草でそっぽを向いている。 ふと、雪が視界にちらついた。 「…雪?」 「ああ、また降ってきたか」 空を見上げるジョージと、同じように空を見上げた。 分厚い曇り空は変わらず、細かな雪がふわふわと散っていた。 「戻った方がいいか」 「そうだね。冷えちゃうし」 「バタービールでも飲みに行こう」 何でもなかったように立ち上がるジョージと同じように立ち上がった。 少し肩についた雪を払いながら後を追うと、前を見ていなかったせいか、目の前のジョージにぶつかった。 「わ、ごめ、」 ん、と謝りきる前に、視界が暗くなった。 一瞬だけ、唇に柔らかいものが当たる。 「…ッ」 「はい、ゴチソーサマ」 早くおいで、と言って、ジョージはスタスタと歩いて行ってしまった。 あまりにいきなりのことで、じわじわと後から実感して、 「、さ、先に、言、」 「それじゃあ、そういう顔見られないだろ。散々俺で遊んだ罰だよ」 くしゃりと笑うジョージが眩しい。 ああもう、もう、これだからもう、 (すきだと大声で叫んでしまいたかった。身体が熱くて熱くて、暴れるきもちが苦しいくらいだった。ああもう、だいすき) 2014.9.20 三笠 |