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クリスマス休暇中。

クリスマスケーキもご馳走も食べ終わって、暖炉のそばでうとうとしていた。
歯磨きをして眠ろうか。ああでも動きたくないなあ。そんなふうに思っていた。
向かいのソファにおじいちゃんが座ったのがわかった。


「古い、話じゃ。魔法省がまだ魔法使い評議会だった頃のことじゃ」


閉じかけていた目を開けた。
何の話だろう、そう思ってすぐに思いついた。
ああ、血の話、だ。


「なんで動物と意思疎通ができるのか。その理由は、はるか昔に遡る。

人は、魔法生物よりずっとずっと弱かった。人を食う魔法生物ははるか昔からずっと存在している。人は、魔法生物から身を守るために魔法を研究した。今のように安全など確保されていなかった。

我ら一族は、元々、医療系の魔法を研究してきた。体の仕組みは誰よりも詳しかった。洞察眼だって人一倍あった。

だから、他の魔法使いは口々に言った。【魔法生物たちの弱点を探せ】と。

そこで、一族は旅に出た。人が生き長らえるための道を探すために。観察して、観察して、研究し尽くした。何を食い、何を食わないか。何を好み、何を嫌うのか。何人もの家族が死んだ。憎しみはあった。悲しく、辛い旅だった。でも、そこで気づいてしまったんだ

彼らが、人と同じく感情を持つ生物だという事に。


そうしたら、殺すための道など、選べなくなってしまった。自分より強い生物を殺して自分たちが生き長らえるなど、なんて非道な行為なのかと思ってしまった。裏切ったわけだ。仲間を。人を。

そこからはひたすらにいろんな生物を助けた。助けて、信頼を勝ち取った。その証拠に、血をもらった。その血に魔法をかけた。契約の魔法だった。【わたしと、わたしの一族を傷つけないこと。交渉に応じること。対等であること。そうすることと引き換えに、治療をしよう。頼られたら助ける。神ではないからできないこともある。しかし、全力を尽くす。そうでなかったら、食われてもよい】

そしてその血を飲んだ。契約をした魔法生物たちの血だ。



血の契約は、なにより強い縛りを持つ。何十世代も過ぎた今でも、その効力は継承されている。お前の持つ力は、そうした契約の副産物だ。彼らを助けるためには、彼らと意思疎通できなくてはならぬ。
そのための力だ。

その力を持ったことで、周りの魔法使いからは孤立した。人が襲われることは激減した。だが、それを喜ぶばかりではなかった。
人は、われらが魔法生物を従えたと、畏怖したのだ。

われらは特権を得た。魔法省はわれらの言葉を無視できなくなってしまった。我らがいつでも魔法生物を従えて、魔法省を襲えると思い込んだからだった。」


人を襲うことなどできないと分かるのは、きっと力のことがわかっている私とおじいちゃんだけ。
分からないものはこわい。きっと、他の人から見たら、私は異質な存在で。きっと、魔法生物を意のままに操れるように見えるのだろう。そんな力では、ないのに。


「今ではもう、当時契約を結んだ魔法生物たちはほとんどが絶滅してしまった。残存している多くの魔法生物の祖先となった生物もいたが、血はだいぶ薄まっている。だから、契約を反故にしたからといって何かが起こることはない。せいぜいが、その力を失うだけだ。意思疎通ができなくなる。普通の魔法使いと同じになるだけだ」


意思疎通ができなくなる。
今まで当然のようにできていたことが、できなくなる。
それが普通だと言われても、わたしにとっては普通ではなくて。それは、こわいと、思った。


「今までに、力を失くした人がいたの?」
「大勢いたさ。だから、この力を持つ者は、この世に二人だけになってしまった。私と、お前のふたりきりだ」


お祖父ちゃんは、ふうと大きくため息をついた。きっと、力を失くした人を、たくさん見てきたんだとおもう。


「人もどきと呼ばれたくないのなら、この力を手放してしまえばいい。そうして全てのしがらみを失くすのも、いいのかもしれない。そうすれば、魔法省のリストから名前が消える。特権を受けることはなくなる。
他の人と同じになれる」


だが、とお祖父ちゃんは言った。


「数えきれないほど多くの、友人を失う」


それはわしには耐えられぬ。
喉の奥から絞り出すような声で、ぎゅうと胸が締め付けられるようだった。
わたしも、そうだと思った。
今更、家族同然だった魔法生物と離れるなんて、できるはずがなかった。



2014.11.16 三笠