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クリスマスをお祖父ちゃんと二人で過ごし、次の日は早朝から起こされた。
寒くて布団に潜っていたいのにと思いながら、朝食を作り、魔法生物たちの世話をした。


「今日はなにかあるの?」
「ちと、友人に会いに行こうかと思っての」
「行ってらっしゃい」


おじいちゃんの友人ということは、魔法生物関係が多いんだよなと思いながら、何人か顔を思い浮かべる。


「今日行くのは、アズカバンじゃ。お前も連れていく」


え、と戸惑った声はおじいちゃんには届かない。
さっさと準備を始めたところを目で追いつつ、体温が急激に下がっていくような感覚がした。アズカバンなんて。
行きたくないなんて言ったところで聞いてくれる人ではない。行くしかない。でも。
泣きそうになりながらもコートを着て毛糸のマフラーと手袋と帽子をかぶった。ディメンターに会ったら寒くて寒くて絶望感に苛まれると聞いたことがある。思い切り防寒をして、備えた。




思っていたよりもずっと暗く冷たい場所だった。絶海の孤島とは聞いていたけれど、本当に周りは海しかない。看守は吸魂鬼だから、魔法使いすらいない。(囚人以外)
おじいちゃんについてアズカバンの中を歩く。かつんかつんと足音が響いた。囚人たちは生気を吸い取られ、身動きすらしない。かと思えば気が触れて叫びだす人もいるようだった。心臓がばくばくとうるさかった。すぐ此処を離れたいと心の底から思った。そんなとき、おじいちゃんは一つの牢屋の前で足を止めた。中には、一人の男性がいた。おじいちゃんは、手に持っていた、まだ暖かいチキンサンドとホットコーヒーを牢屋の中に入れた。


「おお、久しぶりじゃの。まだ生気はありそうじゃ」
「…ああ、カンナギとんとこの。どうした。珍しい客だな」


低い声が、父と母の苗字を言った。この人は何をした人なんだろう。なんで、2人のことを知っているんだろう。
髪が乱れてぼろぼろの服を着たその人を見ると、ああ、もしかしたら、両親と同じくらいの年齢なんじゃないかって、思った。
おじいちゃんの渡した差し入れを口にする。荒れた白い手と暖かい食事がなんだかとてもミスマッチだった。


「今日は孫も一緒じゃ。…お前は会ったことがあったろう」
「カンナギが自慢しに来たからな。リリーが気に入って、ガキのことばっかり優先して、ジェームズがヤキモチ焼いてた。…あんまりには似てねえな。髪も目も、カンナギと同じだ」


その人の目が私を捉えて、うろたえた。どうしよう、この人はどういう人なの。両親の知り合いなのは確かだとして、どうしてこんなところに。


。ちゃんと挨拶せい。こいつは、シリウス・ブラック。お前の父母の友人で、ずっと一緒に戦っていた戦友じゃ」
「シリウス…ブラック…」


聞き覚えのある名前だった。確か、ハリーの両親を裏切って、友とたくさんのマグルを殺した―――


「で、でも、裏切ったんじゃ」
「冤罪じゃ。こいつは頭に血が上って、かつての友人に騙された。裏切ったのはもっと別の男じゃ」
「え、な、なにそれ、」
「アー、信じられないのも無理ねえよ。俺は収容されているし、その裏切った奴は自分の指を一本落として逃げた。何の証拠もない」


その人は心底、わたしがどう思おうがどうでもいいみたいだった。
お祖父ちゃんもその反応が予想通りだったみたいで、何も言わなかった。


「え、冤罪、なんですか」
「ああ」
「私の、父と母とは、どこで」
「お前の両親はホグワーツで一つ上の学年だった。カンナギは正義感ばっかり強くて俺たちがスネイプを苛めるたびに怒ってたな。リリーはそんなお前の父親を尊敬してたぜ。まあ、カンナギはにお熱だったから、色恋沙汰には発展しなかったけど」
「スネイプ先生? …もしかして、同学年だったんですか…?」
「ああ。あいつが先生なんて笑えるよな。嫌な奴だろ」


思っていたよりもよく話した。先ほどよりも血色がよく見える。
スネイプ先生のことを嫌な奴だと言われても、私は頷けなかった。グリフィンドールを目の敵にでもしているような行動は確かに嫌だけど、知識は確かにすごいし、スリザリンからは尊敬されているように見えないこともない。
そんなことを正直に言ってみると、くつくつとその人は笑った。


「あの、あなたは、いい人、なんですか…?」


よくわからなくなって、口に出してしまった言葉。
目の前のその人は、一瞬きょとんとして、そしてにやりと笑った。あ、この人きっと、元々はとってもモテただろうなって、思うほど、綺麗な笑みだった。


「それは自分の心に聞いてみな」


結局は善も悪も立ってる場所次第だからとその人は言った。
シリウス・ブラックというその人は、私と同じ側か違う側なのか、今この瞬間はよくわからなかった。



2014.12.14 三笠