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「で、今日の目的はなんだ? オーランド」


シリウス・ブラックはおじいちゃんに尋ねた。
そうだ、今日はなぜシリウスに会いに来たんだろう。


「嫌な予感がしていてのう。ちょいと孫娘を鍛えてやらんと生き残れないと思っているんじゃ」
「…え」


嫌な予感がどんな予感なのかはわからないが、おじいちゃんの言うことは大体合っている。ホグワーツで秘密の部屋について騒ぎになっていることもあるし、去年は賢者の石を追って例のあの人がまだ生きていることを知った。その予感は確かだろう。
けど、私を鍛えるとはどういったことなのか。


「シリウス、動物もどきになるための訓練を、この子につけてやってほしいと思ってる」
「…そりゃあ、難しい頼みだな」
「、動物もどき…って」


この人が?と聞くと、非合法じゃがとおじいちゃんは答えた。
動物もどきの魔法はとってもとっても難しいし、危険性が高い。それを習得するなんて、この人はきっとものすごく優秀だ。マクゴナガル先生みたいに長年変身術を教えてきたくらいの人じゃないとできないものだと思っていた。


「第一に、俺はここから出られない」
「時期が来れば出ればいい。出る方法くらいとっくに思いついてるじゃろう」
「第二に、わざわざ俺が教える義理がない」
「そんなもの、作ればよい。脱獄したら儂が匿ってやってもよいぞ。魔法省はの名の付くものに手出しはできんからな。その安心代とでも思ってくれればいい」
「第三に、…そいつが動物もどきになれるほど優秀には見えない」


がつんと、大きな鍋で頭を叩かれるくらいの衝撃。確かにわたしは特別優秀ではないけれど、そこまではっきり言わなくてもいいのにと思った。
おじいちゃんは苦笑していたけれど、諦める気はないだろう。


「まあ、考えておいてくれ。そのうち機会がくるはずじゃ」
「どーだかな」
「いくつかの隠れ家を知ってるじゃろう。そこに来れば保護してやれる」


まるで未来がわかっているように、おじいちゃんは断言した。
正直なところ、シリウス・ブラックに魔法を教わるなんて、おそろしくて乗り気にはなれない。悪い人では、ない、のかもしれないけれど、好ましいかと言われると首を横に振る。


「なあ、一つ教えてくれ」
「なんじゃ」
「孫のほうだ。お前、今ホグワーツに通ってる年齢だろ。ハリー・ポッターを知ってるか? あいつは今、どうしてる」


びっくりしたけれど、ああ、そうだった。この人は、ハリーのご両親の友人だった。


「どうしてる、って。確か、クリスマスはホグワーツで過ごしているはずです、けど」
「どういう性格だ? 優秀か? クィディッチは好きか?」
「え、えと、く、クィディッチはグリフィンドールチームのシーカーで活躍してます…。優秀かどうかは知らない…。性格は…、ええと、詳しくは、ないけれど、」


時折無茶をして先生たちに怒られている。去年は一年生なのにトロールと戦って生き延びたし、その後だってクィレル先生から賢者の石を守っていた。ぽつぽつとそんなことを話した。シリウス・ブラックはその言葉を真剣に聞いていた。


「そうか。元気そうなら、よかった」
「…どうして、そんなに」
「俺は、ハリー・ポッターの後見人を任されてるんだ。親友の、ジェームズ・ポッターからな」


気にするさ、とシリウスはつぶやいた。
ハリー・ポッターは親戚のマグルと上手くいってないって聞いたことがある。夏休みが憂鬱だって。もし、この人が捕まっていなかったら、この人と一緒に暮らしていたんだろうか。もし、この人が脱獄して、無実が証明されたら、この人と一緒に暮らすんだろうか。
そんなことを考えた。大量殺人犯だったはずの、目の前の人が、ずっと身近に感じて、ちっとも恐怖を感じなくなっていた。



2014.12.14 三笠