40


あの後、一度解散し、ウィーズリー家族は一室に集まって一時の休息をとったようだった。ロックハート先生は、記憶をなくしてしまったので聖マンゴ病院へと送られた。そして、私とハリーは、ダンブルドア先生の部屋で話をした。

先生には隠し事をせず、なにもかもを話した。そして、途中で部屋に入ってきた、マルフォイの父親に日記を返すと言って、ハリーは部屋を出てしまった。ダンブルドア先生は、この後宴会を催すと言っているから、またすぐ会うだろう。――正直なところ、わたしは早く休んでしまいたいくらいにくたくただけど。


「では、ミス・。君から何か付け足すことはないかね」
「先生。わたし、トム・リドルから誘いを受けました。例のあの人の下に下れと。私の能力は、世界を滅ぼすことができるって」
「ほう。……そして、なんと答えたんじゃ?」
「お断りだわって、私はあなたが大嫌いって言いました。あの人の下に下るなんて、絶対に嫌です。でも、でも、ジニーの命が助かるなら、一時的にでも、と思ってしまいました」


今思えば、なんて大胆なことを言ったんだろう。今更だけど、思い出して手が震えた。怖かった。呼吸が止まってしまうくらい、恐怖でいっぱいになった。


「それが正しい。友人の命と、自分の人生。どちらも大事じゃ。悩むのが当然。そして、拒んだのは英断じゃった。よく頑張った」
「いいえ。本当に頑張ったのは、ハリーです。私は結局、なにもできませんでした。バジリスクを倒したのも、トム・リドルを消したのも、ハリーです。私は今回も、なにもできませんでした」


助かって嬉しい。けれど、2つも年下のハリーと比べて、自分の情けなさに腹が立った。戦うことも、助けることも、なにもできなかった。


「自分を責めることはない。君が居たから、ハリーは戦いに行けたんじゃ。後ろで支えてくれる人がいることの、なんと心強いことか。結果も大事じゃが、何かをしようとした自分をまず褒めてやらなきゃいかん。君が居たから、ハリーは戦えたし、怪我も治った。そして、全員無事に生きておる。今はそのことを喜ぶのじゃ」


ダンブルドア先生が、わたしの背中をさすってくれた。なにもできず辛かったのに、温かい言葉を投げかけられて、また目が熱くなった。泣くわけにはいかないと、必死でこらえて、温かいココアと一緒に飲み込んだ。


「ありがとうございます……。それと、規則や命令を、破ってごめんなさい」
「よいよい。規則なんて破るためにあるようなもんじゃ。ハリーも、ウィーズリーの子供たちも、みんな同じように思っておる」


確かに、と笑ってしまった。今までどれだけ顔が強ばっていたのかと思うくらい、顔に力が入っていたのがわかった。


「じゃあ、まずは医務室に行って怪我がないか診てもらってくるのがいいじゃろう。準備が出来たらすぐに宴会じゃ。少し休んだ方がいい」
「はい。ありがとうございました」


一度お辞儀をして、そしてダンブルドア先生の部屋を出た。普段は誰もいない時間の廊下は、ばたばたと騒がしかった。きっと、先生たちが後片付けをしているのだろう。その喧噪を遠くで聞いていると、ネズミが何匹か顔を出した。手紙を届けてくれた子も居て、ありがとうね、と一言告げた。何も持っていなかったからお礼だけで、明日またチーズでも持ってこようと思った。ネズミたちも、バジリスクがいなくなって嬉しいようで、触れると高揚していることが伝わってきた。

医務室は、マダム・ポンフリーやウィーズリー一家、それに石になった面々が揃っていた。マダムに指示を仰ぐと、まずその汚い恰好をどうにかしなさい、なんて辛らつな言葉が降ってきた。医務室は清潔じゃないといけないのはわかっているけれど、その言葉は酷いんじゃないか、と思ったけれど、自分でもどうにかしたかったから先にシャワーを浴びに行く。どろどろのローブを脱いで、怪我がないかを確認した。思っていた以上に擦り傷だらけで、お湯が沁みて悶絶しながら体を洗った。

戻ってもベッドは一杯だったから、椅子に座って擦り傷に自分で薬を塗った。直るのを確認する前に、座ったままうとうとしていたら、マダムにたたき起こされた。(眠るならベッドに行きなさい!なんて怒鳴られた)

そのうち、宴の準備が出来て全員がたたき起こされるだろうとは思ったけれど、あまりに疲れていて、寮の自室に戻って布団をかぶった。グリフィンドールの寮は、まだ宴の話が広まっていないようで、葬式のように静かだった。
私の意識は、一瞬で夢の中に落ちて行った。どのみち数十分程度でたたき起こされるのだけれど。



2015.12.26 三笠