「やあやあ、我らが親愛なるグリフィンドール生のコリン・クリービー」 「石になって一時はどうなることかと思ったが、戻って良かった。同士よ」 天気の良い、いつもの放課後。夏休みも近く、生徒の大部分は浮かれきっている。それは俺たちも同じで、夏休みに入るまでの、自由に魔法を使える期間を楽しんでいた。 大して話したこともない、1年のコリン・クリービーに声をかけた。フレッドと二人で、細いコリンの肩に後ろから手を回す。これ以上体重を掛けたら折れてしまいそうなくらいにか細い。おどおどと両脇をきょろきょろ見比べていた。どちらを見ても同じ顔。どちらを見ればいいのか分からず落ち着かない様子だ。 「え、な、なんっ!?」 「いや? ただ君の回復を喜んでるだけなんだけど?」 「そうそう! ただ、もしも君が良ければ――」 「そう! 了承を得られるのなら――」 「「カメラを貸してくれないか!?」」 三つも年上の貫禄か、もしくは双子の威圧感か。どちらかなのか、両方なのか、もしくはそれ以外の理由なのか。俺らに挟まれた可哀想な一年生、コリン・クリービーは、コクコクと何度も頷いていた。 ***** 忍びの地図を使って目的の人物の場所を特定して、こっそり尾行した。少し前から図書室にいるみたいだが、棚からいくつもの本を取って中をパラパラめくっては本棚に戻している。借りると決めた本が既に2冊ほど小脇に抱えられているのにまだ足りないのだろうか。 「何の本だ?」 「ここからだと見えないな……」 「おっ、動いたぞ」 「借りに行くんだな。……よし、確かめるか」 音を立てないように後を追って、彼女の見ていた本棚を覗き込む。相変わらずの真面目っぷりで一瞬ため息が出そうになったのをギリギリ耐える。隣からはため息。やめろよ、と目で制止して、視線を本棚に戻した。「変身術の心得」「かんたんな変身術」「あの時僕を救った変身術」……授業以外で手に取るような本ではないことくらい、誰だって分かる。 「よくやるよな。折角期末テストが無くなったのにまた勉強か?」 「来年O.W.Lだからか……? いやでも、そんな様子じゃなかったんだけどな」 本を借りたの後ろを気づかれないように追いかける。もし突然振り返っても気づかれないくらいになるべく距離をとる。 「次はどこ行くと思う?」 「そうだな……。寮に戻るか、外で読書か、それともアンジェリーナ達とどっかで遊ぶか……」 「お、曲がった。寮じゃねえな」 コリンに借りたカメラを構えたまま、なかなかシャッターを切れない。階段を下りて、外へ。待ち合わせでもしていたのか、外のベンチにはアンジェリーナや他の女子達が何人か。 「お、まさかこのまま夕飯まで女子トーク、じゃねえよな?」 「どうする? 作戦に変更は?」 「ウーン。一人にならないと難しいな」 今更だが、今日の目的はの写真を撮ること。ただ、のことだから、突然撮ろうって言ったってガチガチになってへたくそな作り笑顔を浮かべるのが目に見えているので、なるべく自然な感じで撮りたいというのが俺の希望だ。そうしたら、悟られないように隠し撮りすればいいんじゃないかという話になった。わけ、だが。 「撮れるか?」 「ちょっと……遠いな」 「でもこれ以上はさすがに気づかれるだろ。だけならまだしも、アンジェリーナたち相手に危険は冒したくないな」 「いい顔してるんだけどな」 女友達と一緒にいるときは、やはり俺と一緒の時とは違う表情をしているような気がする。こうやって遠くからでもをまじまじと観察する機会なんてあまり無いから、思わずじっくりと眺めてしまう。 「おい。一旦移動するぞ。此処だと、撮る前にバレる可能性が高い」 フレッドにそう促されて漸く視線を外した。一度建物に入って作戦を立て直そう。そんな提案に頷いて、階段を上る。 「案外難しいな」 「ああ。隠れて写真を撮れる魔法があればいいのに」 「ふむ。そんなのがあれば悪戯に使えそうだな」 早くも飽き始めているのか、フレッドは隠し撮りを利用した悪戯にどんなものがあるか考え始めていた。それはそれで楽しそうだとは思ったが、まずはどうやって今のこの問題を解決するかが大切だ。 「つうかさ、普通に撮ればいいんじゃねーの」 「は? だから、そんなことしたら」 「いや、要はカメラが向けられてると気づかれる前に撮ればいいんだろ? じゃあさ、」 フレッドが言い出した提案は、俺がタイミングさえ間違えなければ比較的成功率が高いものだった。このまま待つよりはよっぽど効率的で、一瞬だけ考えた後、すぐにその案を採用した。 あとは、を呼び出すだけだ。 ***** 待ち合わせ場所と時間を指定して、俺はこっそり隠れてを待っていた。数分前に現れたは、きょろきょろと俺を探しながら来て、いないと判断すると比較的広い木陰に腰を下ろした。 そこまで見届けて、それからそっと近づいて声をかける。 「」 「え?」 ぱしゃり。 タイミングよくカメラのシャッターを押した。振り返った時のその顔も、驚いた顔も撮れた。恥ずかしがって手で顔を隠すところも撮りたくてもう一度シャッターを押す。 「な、なに、急に」 「前撮りたいって言ってたから」 「一緒に撮ろうって話でしょ!? び、びっくりしたー……」 「はは、ごめん。でも、一人のとこも撮りたかったんだよな」 は近づいてきて、カメラに触れる。こちらの顔を見ないのは恥ずかしがってるからだろう。普通に話してるときはむしろ俺の顔をじっくり見てくるから、目線が合うか合わないかで大分心情が読み取れるようになってきた。 「このカメラ、誰の?」 「コリンの借りてきた」 「脅してない?」 その台詞に、思わず吹き出した。から「脅す」なんて物騒な台詞が出るなんて思わなかった。大分毒されてきたよなあ、なんて。毒したのは多分、俺とフレッドだろうけど。 「してないしてない! え、なにその目。この目が嘘ついてるように見える?」 「んー、うん。見える」 「えっ、心外だな。この一点の曇りもない目を見てよ。超純粋。これこそ真実の鏡って感じ」 傷ついたふりをして、目を見てもらおうと顔を近づけてみる。ぎょっとして一歩後ろに下がると、近づく俺。傍から見たらちょっと近すぎるかも。別に苛めてるわけでもないし彼氏彼女なんだから問題ないはずだけど。 「お、脅してないならいいの。わたしも撮りたい」 「あ、撮る? 2人で撮りたいって言ってたもんな」 がカメラを触って、シャッターやレンズを軽く確認し始めた。首から提げていたカメラを渡すために少し屈んで、カメラの紐をの首にかける。 「いいの?」 「いいよ。俺はが撮れたからもう満足したし」 「んー、じゃあ借りる」 嬉しそうにはにかんで、適当な風景にカメラを向けていた。鼻歌交じりでカメラをどこかへ向ける姿を見ながら、こっそりと、こっそりできていたか分からないが、こっそりと悶々としていた。あー、こういう無防備な背中見てると無性にハグしたくなる。別に他の人がいるわけじゃないからしてもいいはずだけど。けど、今そうやっての気分に水を差すのも惜しい気がする。ああでも、と脳内でせめぎ合い。そんなとき、 「ジョージ、」 「へ?」 パシャッと目の前で強い光。そのあとすぐに、の笑み。してやったり、なんて言葉が似合いそうな、笑み。 「さっきのお返し。あ、今撮ったのちゃんと私が貰うからね。勝手に処分しないでね」 心配なのか、何度か念押しをされて、ぎこちなく頷いた。そうすると、ほっとしたようで息をついて笑みをこぼした。あ、むり。むりだ。この状況でどれだけ我慢したって意味ないだろ。悪いことしてるわけじゃないし。そんな言い訳を脳内でつぶやいて、あとはもう感情任せ。両手を伸ばして、の肩に顔を近づけて、ぎゅうと抱きしめた。柔らかく暖かくて気持ちいい。 「え、な、なに」 「したかったから」 「わ、分かるけど! 分かるけどもうちょっと忍んで!」 「忍んでる忍んでる。だってここ他に人いないじゃん」 ならいいだろともうちょっと力を籠めてみる。も諦めたようにふっと息を吐いて俺の肩に顔を預けた。間にあるカメラが邪魔だ。 「……結局、二人では撮らないの?」 「んん〜〜、撮る」 「? じゃあ、」 「でもちょっと待って。もーちょいだけ」 もうちょいだけこのままでいたい、と我儘を言うと、は少しだけ身じろぎして、それから俺の服の裾に手を伸ばす。多分、これはOKのサイン。でも、あんまり長いと怒られるやつかな、なんてアタリをつけた。さすがにもう1年経つ。雰囲気で分かるようになってきた。俺が甘えたり、時々はから甘えてくれたり。なんだかんだ言って、結構、いい関係だと思ってる。 「暗くなったら撮れなくなっちゃうからね」 念押しするくらいには、も二人の写真が欲しいらしい。これも甘えてるのかな、なんて思って、でもその前に俺の方がよっぽどに甘えてたと気づいた。最後に一回、ぎゅって強く抱きしめて、それから離れた。 「いちゃつくのはまた後にして、撮ろっか」 「うん」 からカメラを受け取って、2人が映るようにカメラを持った腕を伸ばした。の肩を抱いて引き寄せる。撮るよ、と声をかけてシャッターを押した。 パシャリ。 軽い音とともに眩しく光る。 「ひゃっ」 同時に、肩に触れていた手をの腰に移動させて引き寄せた。急に触られるのは苦手らしく、は小さく悲鳴を上げてこちらを見る。思った通りの反応が返ってきて、思わず笑ってしまった。 「えええなに今の! 絶対変な顔してた!」 「いや大丈夫だよ」 「大丈夫じゃないってば! 急に変なことしないでよ」 「絶対今の方がらしい顔してるからいいんだよ。なんだって自然体が一番だろ」 宥めるようにの頭を軽くぽんぽんと撫でる。自然体が一番は確かだけど、先ほどからお互いにお互いの隙をついて写真を撮っている。なんで俺ら競争みたいなことしてんだって考えが過ぎって、また吹き出してしまった。はますます不機嫌そうに膨れてしまった。 「あーごめん。ばかにしたわけじゃなくってさ」 「じゃあなに?」 「いや、俺らさっきから競争してるみたいでさ。お互いに写真が欲しいだけなのになにやってんだって思って」 「う、そういえば、そうかも……」 普通に撮るって発想がそもそも欠けている。俺はともかく、もそうとは思わないけど。でもまあ、俺といるからだよなって思うくらいには己惚れてもいいと思う。は俺のこと確実に好きだし。俺ものことは好きだし。影響受けてるのは間違いない。 「写真って、夏休みまでにもらえる?」 「ん? ああ、大丈夫。その交渉もしてきた」 「あんまり無茶させちゃだめだよ」 「いやいや、至極真っ当な交渉をしてきたよ。コリンは快く貸してくれたんだ。……本当だって。なんでそんなに疑ってんの」 疑ってるような目でじいっと見つめてくるから、傷つくなあなんて落ち込んだ振りをしてみると、すぐに笑ってごめんごめんなんて謝られた。そして、の肩が俺の肩に触れた。少しもたれかかってきたから、ほんの少しの重みが肩から伝わってくる。 「あの――、今年の夏休み、あんまり会えそうもなくって」 「え、そうなの?」 「うん。ちょっと用事ができちゃって、忙しそうなの」 「でも全く会えないってわけじゃないだろ?」 「たぶん」 まだよくわからないらしく、曖昧な返事だった。さっきまで明るく話してたのが嘘みたいにしょんぼりとしていて、俺に会いたいと思ってくれてる様子はすごい嬉しかったけど、俺としても会えないのはきつい。1日くらいと本当に二人っきりでデートしたいって思ってたのに。 「予定、分かったら連絡するけど、あんまり期待しないでね」 「あーー、ウン。オッケー」 本心でとてもがっかりしたから、声も素直にがっかりしてた。自分でもびっくりするくらいに。けどまあ、困らせたくはないし、家の都合は仕方ない。(と思うことにする)少し間をおいて、なるべく明るい声で話し始めた。 「じゃあ、夏休み前にたっぷりいちゃいちゃしとかないと」 「どういうこと?」 「俺、に数日触れないと不機嫌になるから、1か月分触り貯めしとかなきゃってこと」 「え。さ、触るのはやだ」 「ハグ程度だよ。嫌がることはしないって」 「でもさっき」 「腰くらいならセーフでしょ」 「や、そんなことは」 「待って。俺ら健全な15歳なんだしちょっとくらいのお触りくらいは許してほしいんだけど」 「えっ、え、でも、え??」 「アーー、オッケー。じゃあもうハグでいい。ハグ以上のことしないからとにかく夏休みまでなるべく一緒にいて」 これで妥協、と言ってをぎゅうと抱きしめた。 俺も健全な思春期真っただ中の男だから、いろいろ我慢してるんだけどなァ、なんていうのは、言わないって決めてる。カッコ悪いし。ていうか触るのやだって好き同士でどういうことなのって正直思うけど、まあいいや。ハグは許してもらえるし。キスも二人きりなら自然にできるようになった。一年前から考えたら大進歩じゃないか。フレッドに言わせたら、「そんなもん、付き合った初日に済ませとけ」って話だろうけど。 「あ、あの」 「んー」 「は、ハグ以上しないって、キスは、その、しない……?」 おどおどと訊いてきた内容から察するに、キスはしたいってことみたいだから、あーーなんかもうほんと我慢ってやつが難しい。何度か言ったけど、ほんとは男泣かせ。可愛い彼女のためなら我慢するけど、でも彼女の方が俺の理性をぐらつかせてくるんだからほんと勘弁してほしい。 「あーーほんとむり」 「え、えっ、なにが」 「や、ほんとってば男泣かせ」 どういうことか分かってない様子で、こっちを見上げるを無理矢理自分の胸に押し付ける。同級生が幾人かと付き合ってあちこちで周りを気にせずいちゃいちゃくっついてハグもキスもしてて、隠れた場所ではきっとそれ以上のこともしてるのになんで気づかずにいられるんだ。俺だって聖人君子じゃないからいつまででも我慢できるわけじゃないのに。 「え、えと、あの、結局、きす、は」 遠慮がちに、それでも恥ずかしそうに耳を赤くしてもう一回訊いてきて。いやもうそこまでで終わるのきついんだけど、でも無しにしたらもっとしんどいってかそりゃ俺もキスしたいしハグしたいし、健全な男子学生がしたいことは全部したいくらいには飢えてるし。ああでも結局のためって考えたらギリギリまできっと我慢するんだよな。だって嫌われたくない。ああほんとかっこ悪いって自分で自分に思いながら、ぼそっと呟いた。 「……するよ」 そう言ったらほっとしたように力を抜いて身体を預けてきた。ああもうなんだこれ。結局お互いがお互いを求めてるって、分からないほど鈍くない。夏休みまで2人きりになれたら、ハグとキスたくさんしよ、と心に決めた。 (それ以上は、頭の中だけに留めとく) 2018.12.30 三笠 あまりに進まなくてむらむらしてたジョージ(意外と奥手) |