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今年も終わって、ホグワーツ特急に乗った。いつも通りに女友達と、夏休み前の残り少ない時間を楽しんでいた。その頃、控えめなノックの音で、コンパートメントのドアが開いた。そこにいたのは、コリン・クリービー。


「あら、どうしたの? 誰に用事?」
「あの、さんに写真を届けにきました」


数日前にカメラを借りて、ジョージと撮ったときのことが頭を過ぎる。何枚か撮った後、現像するのはコリンに任せてしまった。ああ間に合ったのかと、ほっとする。


「ありがとう。ジョージが無理を言ってカメラを借りたんでしょ? ごめんね。なにか食べる?」
「えっ、いえそんな! ハリー・ポッターの写真も撮ってくれて、それは僕にくれるって言ってくれたし、その」
「ジョージってば、そんな取引してたの?」


そういえば有名なハリーのファンだっけと、目の前のコリンを見てそう思う。ジョージからしてみれば、ハリーの写真などお手の物だろう。隠し撮りでも直接頼むでも、いくらでも方法がある。
封筒に入った写真を受け取って、軽く中身を見る。全部で10枚ほど。確かに撮った記憶がある、動く自分たちがそこに映っていた。(撮られると思ってなくて油断していた自分の顔も)ジョージが頼んでくれたのだろう、ちゃんと二人分違う封筒に分けて入っていた。


「確かに受け取ったわ。ありがとう」
「じゃあ僕はこれで」


去り際に、ハリーデュークスのお菓子をいくつか袋に入れて持たせて、ぱたぱたと立ち去るコリンを見送った。前々からこっそりと欲しいなあと思っていたお互いの写真だけれど、実際に手に入るとなんだか気恥ずかしい。席に座った瞬間、左右から写真を覗き込まれた。


「あら、結構綺麗に写ってるじゃない」
「見せて見せて」


結局奪い取られてコンパートメントにいた5人の友人たちが回し見をした。恥ずかしいけれども、彼女たちには秘密もなにもできないし、仕方がない。(適切なアドバイスもくれるし、損ばかりじゃないし、お互い様なのだから諦めてる)


「でも、意外なのはウィーズリーだわ。もう1年経つのにずっとにお熱でしょ?」
「まだこんな初々しいことしてるなんてね。こんなでれっでれの笑顔、見たことないわ。余程、あなたのことが好きなのね」
「え、そう? そう見える?」
「調子に乗らないの。あーあ、ボーイフレンドを作るのはあなたが一番遅いと思ってたのに、まさか一番早いなんて!」


何人かはぶつぶつと文句を言って。もちろんそれは女同士の冗談のようなもので本気でないことは明白で。そういう話をするのは、照れ臭いけどちょっと楽しい。今年ボーイフレンドを作った子もいたし(長続きはしていなかったようだけど)、こういう話題は増えそうだなあなんて、ぼんやり思った。(ああでも、来年はO.W.Lだから難しいかも)


、ウィーズリーのところに行って来たら? それ、渡してきなさいよ」
「あ、そっか。行ってくるね」


ジョージの分の写真を持って、自分たちのコンパートメントを出る。どこにいるかなあ、と中を覗きながら進むと、いくつか通り過ぎた先に見つけた。ジョージにフレッド、ハリー、ロン、ハーマイオニー、それとジニー。軽くノックをして、ドアを開ける。コンパートメントの中で花火をしていたのか、ドアを開けた瞬間に火花がぱちっと爆ぜるのが見えた。


「やあ、。どうしたんだい? 急に開けたら危ないよ」
「普通は危なくないのよ、フレッド」
「いやいや、今日この時間は、魔法を使える最後の時間を楽しむべきだろ? なあ兄弟」
「それには同意。だけど、何の用? アンジェリーナたちといたんじゃないの? まさか俺に会いたくなった?」


立ち上がってこちらに寄ってくるジョージのその顔は嬉し気ににやけていて、ああ確かにこういう顔は他の人には見せないかも、と思った。さっき女友達は「見たことない顔をしてる」と言っていたけど、確かにそうかも。


「あーっと、ちょっと外でいい?」
「? いいよ。連結部まで行こうか」


自分たちのコンパートメントのようにみんなに写真を回し見されるのはさすがに避けたい。だって、自分の顔も相当でれでれしてたもの。フレッドなんかに見られたら、笑われてしまう。
列車の連結部には、同じように立ち話をする生徒も多かったけど、あまり見知った顔の人はいなかった。ここでいいかと立ち止まって、念のため後ろを振り返る。フレッドたちはついてきていないみたい。


「フレッドは、俺たちのこういうのに構うつもりはないんだってさ」
「それは嬉しいけど、なんで? フレッドだったら、積極的にからかってきそうだけど」
「同じ顔の兄弟が女の子といちゃいちゃしてる姿見て、なにが楽しいんだってことだよ。まあ、他の兄弟がガールフレンドを作ったらからかうんだろうけどさ」


そういうものなんだ、とすんなり納得する。これは双子ならではだなあと思う。ご両親でもたまに間違うくらい顔はそっくりだから、そう思うんだろう。
私はローブのポケットから、さきほどの写真を取り出した。


「はい、コリンから写真を受け取ったの。あなたにも1セット渡してって」
「お。間に合ったんだ。ありがと」
「お礼はコリンに言ってね。新学期にでも」


機嫌良さげに、ジョージは写真を1枚1枚見てく。わたしも一緒にその手の中を覗いた。お互いを撮ったものや、2人で写ったもの。撮り直したいような写真もあるけれど、今はこれしかないから、大事にしよう、と思ってる。


「兄さんたちに見つからないようにしなきゃ」
「チャーリーさんたち?」
「そ。特にビルが、まだ会ったことないから会わせろって五月蠅くてさ。チャーリーはまた会いたいって言ってるし、うちの家族は君に興味津々みたいだよ」
「それは、つまりジョージに興味津々ってことでしょ。お兄さんたちに可愛がられてるんじゃない?」


楽しそう、と言うと、ジョージは苦い顔をした。ああそういえば、ガールフレンドがいることをからかわれるから夏休みに帰りたくないみたいって、ジニーが言ってたっけ。


「男兄弟なんか遠慮なしだからほんと五月蠅いよ。写真なんか見つかったらほんとやばい。どっかに隠しておかなきゃ」
「え、でもチャーリーさんはすごく大人な対応をしてくれたし、子供の頃はともかくもうそんなにからかってこないでしょ?」
「いやそんなことないよ。たぶんの前だと、仕事中でもあったし、大人っぽく見せてただけだよ。家での姿を見たら、たぶん印象変わるよ。ビルも同じ。監督生でクィディッチの元選手で、優等生っぽく見えるけど、俺とフレッドの兄貴だってことを忘れちゃだめだよ。俺たちは外からの評価なんてどうでもいいけど、兄さんたちはそこを取り繕って優等生の振りをしていただけ」


その後、いくつかお兄さんたちの逸話を教えてくれて、それは確かに「元監督生」のイメージから外れるようなものだった。どちらかというと、確かにジョージとフレッドの兄弟そのものだ。


「仲良しね」
「んーー、まあ、悪くはないよ」
「いいなあ。うちなんてほとんど一人で過ごしてたから、兄弟がいるのはほんと羨ましい」
「ずっと魔法生物と育ったんだっけ?」
「そう。私が1歳になる前、ズーウーが数か月だけうちにいたらしいんだけど、子守りをしてくれてたんだって。あのふわっふわの毛皮をベットにして眠ってたらしいんだけど、今考えたら贅沢だなって」
「……さすがにもう慣れたけど、の家はだいぶ特殊だよね」


さすがに子守りは人にやらせるべきじゃない?と真面目な顔で言うものだから、なんだか笑ってしまった。だって、ジョージがそんなに真面目なことを言うなんて。(わたしもそう思うけれども)


「両親は闇払いで、ずっと外に出払ってたの。私が危険にならないようにって、なるべく遠ざけてたって、後から聞いたわ。親戚もあまり多くないし、頼める人より魔法生物のが多かったんじゃないかな」
「なんか、獣医じゃないのが不思議なんだけど」
「母は元々獣医だったけど、でも父が闇払いだったからそれを手助けするうちに闇払いと同じ仕事をするようになったんだって」
「へえ、仲良かったんだな」
「うーーん、覚えてないけど、多分」


両親が既に亡くなってることは、前に話してたっけ。ジョージは思い出したのか、はっと一瞬息をのんで、そして口をつぐんだ。
私にはなんの記憶も残ってない。写真や、誰かの口から語られる姿しか知らない。ただ、思い出のひとつすら記憶にないと、意外と涙のひとつも出てこないものだ。


「気にしないでね。祖父がいるから一人じゃないし、なにも覚えてないから、これが当たり前で、寂しさもないから」
「うちみたいなの、一緒に居て平気? きついときない?」
「何言ってるの? 平気だよ。いいなあって、羨ましいって思う。あ、えっとね、妬ましいとかじゃなくって、素直にいいなって、あの、これ伝わってる?」
「うん、分かるよ。それならいいんだけど」


多分、ジョージが気にしているのは、ウィーズリー家を見て、自分の両親が恋しくならないかってことだと思う。そりゃあ、いてくれたらと思う時はある。両親に甘えてみたり、相談してみたり、一緒に食事をしたり、お祝い事にプレゼントをもらったり。そういう話を聞くと、素直に、いいなあと思う。私もできたらなあ、と思う。でも、それはもうできないことだし、考えても仕方がないことだって、理解できてる。昔はいろいろと考えたこともあったけれど、今はもう、大丈夫。


「気にしてくれてありがと」
「……どういたしまして。――あー、ところで夏休み、暇があったら俺はいつでも飛んでくから、梟飛ばしてくれよ」
「うん。ジョージはなにか予定は?」
「今のところないよ。旅行にも行かないだろうし。また箒乗りにおいで。結局今年乗ってないだろ」
「う」
「ふっ……ほんと正直だな。眉間にしわが寄ってる」


ジョージの人差し指がわたしの眉間をつついた。すぐにしかめっ面をやめたけど、ジョージは愉快そうに笑ってた。箒に乗ることに苦手意識が強すぎて、なかなか勇気が出ないでいる。


「ま、気が向いたらでいいよ」
「うー、気が向いたらね、わかった」
「(気が向かなそうだな)……もし、気が向いて箒に乗れたらご褒美をあげるよ」
「? ご褒美ってなに?」
「秘密。まあ期待しててよ」


首を傾げてみるけど、ジョージが秘密と言ったら秘密なんだろう。ご褒美をもらえる状態にならなかったら絶対に明かされないことはわかる。それじゃあ少しがんばってみようかな、って思ってしまうくらいには私は単純だ。(だって、ジョージからもらったものはすべて嬉しいし、どれも期待以上のものばかりだし)
そのとき、丁度列車がガタン、と大きく揺れた。外を見ると、少し景色が変わっている。


「そろそろ戻ろうか。魔法を使える残りの時間、もっと遊ぶんでしょ?」
「もちろん。も来る?」
「席がないし、アンジーたちと話したいからやめとく」
「席がないなら、俺の膝に座ればいいよ」


あっけらかんとそんなことを言うから思わず想像してしまって、あまりにも恥ずかしい行為に動揺してしまった。


「! む、むり」
「え? ムリじゃないでしょ」
「人前でそんな至近距離はちょっと」
「あー、そこか。人前じゃなければいいのか」
「? いや人前じゃなくても至近距離は、って聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。オッケ、じゃあまた今度にしよ」
「待って、なにを今度にするの? ねえ」
「こっちの話。さ、あんまり長く席外してると、フレッドが様子見に来そうだし」


確かに長く喋ってしまったし、そろそろ戻らないと。ほんとにフレッドが来てしまいそうだ。ここからだと、私のいたコンパートメントのほうが近いから、そこで一旦別れる。
女友達からは遅かったわねなんて言われたけどそれ以上は追及されず、残りの時間をいつも通りいろいろとお話したり甘いものを食べたりしながら過ごした。

夏休みが始まる。



2019.1.12 三笠

(2020/06/13一部修正。ヒロインちゃんの両親が亡くなってたこと、既にジョージは知ってたはずなのに、知らなかったみたいな表現してたので修正。失礼しました……!)