「そういえば、はどうして僕のこと、くん付けで呼ぶの?」 風が冷たくなってきた頃、僕はそう切り出した。 本当は随分前から気になっていたけど、わざわざ聴くのもおかしいかなと思っていて訊かなかったことだ。 だって、確か前に一度だけ呼び捨てで呼んでいいと言っているはずだし。それなのに敬称をつけられると、距離を取られているようでちょっと嫌だ。 「え?」 「ほら、さっきだって僕のこと“ジョージくん”って呼んだだろ? 前に呼び捨てでいいって言わなかったっけ」 「あ、えっと…、そう、そう、ね」 歯切れ悪く、は視線を逸らしながらそう言った。 僕は思わずにんまりと顔を緩めて、言葉を紡ぐ。 「そうか、麗しの嬢は僕なんかとは呼び捨てし合うほど仲が良いと思われたくない、と…。ああ、なんということか! ということは僕は、」 「そっ、そんなこと、絶対ありえないっ!!」 が衝動的に顔を乗り出してそんなことを叫ぶように言ったから、僕は驚いてひっくり返りそうになった。だって、が近いし、のこんなに大きな声は初めて聴いたから。 「違う、違うの。ジョージくんにはなんの落ち度もないの。その…私が、あの、…恥ずかしい話なんだけど、あんまり男の子と話すのが得意じゃない、っていうか…。むしろ男の子の友達があんまりいないから、えっと、その…、」 どうやって、呼び捨てにしていいのか、わかんなくて。 の口がそんな言葉を紡いだときの、その表情が!仕草が!ああもうなんて可愛いんだと思った。頬を少し赤らめて、視線は正面以外(正面には僕がいる)をさ迷って。そしてそんな状況で、この台詞だ。 男慣れしてない(変な意味じゃなくてね)、というのはなんとなく気付いていたけど、だから呼び捨てできないとは想像してなかった。参った、ほんとに。なんていうか、もしかしたら彼女にとって初の呼び捨てが僕かもしれない、――と、その事実がとにかく俺を高揚させた。 「じゃあ、練習」 「な、なんの練習…?」 「呼び捨ての練習」 そう言ったら、は顔をさっと赤く染めて、そして後ろにちょっと仰け反った。 「僕で練習すればいいよ。ほら、呼んでみて。ジョージ、って」 「え、そ、そん、そんな…」 「いいから。ね。ジョージだよ。僕の名前覚えてるよね?」 にっこりと笑ってやれば、渋々と言った感じでは頷いた。 そして、それを示すように、僕のフルネームを呟いた。(ジョージ・ウィーズリーくん) 「下の名前だけ、呼んで」 「〜〜〜っ、じょ、ジョージ、…くん」 「“くん”は要らない。ただのジョージだよ」 ぽんぽんと、妹にやるようにそっと髪を撫でてやると、は元々赤く染まっていた頬をまた少し赤く染めた。 俯いて、自棄になったように小さくまた口を開いた。 「じ、ジョー、ジ、」 「…ん」 くん、と続かないのを確認して。 そして僕は今までで一番の笑みを見せた。 「かわいい」 「そんなことない」 「や、そんなことあるよ」 「ないってば」 ムキになって反抗してくるをにやにやしながら見ていたら、は、もう、と言ってそっぽを向いてしまった。 背中を向けて、手元は見えないけど指を動かしている様子だったからマフラーを編むほうに集中しているのかなあと思った。そんなときに、彼女が小さく呟いた。 「ジョージの、ばか」 丁度そのときに風が吹いて、髪に隠れていた赤い耳が露わになった。 肩越しに彼女の手元を覗いたら、指は動いているものの毛糸を弄っているだけで、マフラーは1mmたりとも進んでいなくて。 彼女なりの不器用な照れ隠しなんだろうなあと思ったら、僕は、思わず吹き出して、大笑いしてしまった。 2010.09.07 三笠 |