「僕が思うに、はおまえのことを意識している。だが、あくまで意識だ。の友人が言っていたように男友達が少ないからそれで意識しているだけなのかもしれないし、もしかしたらこの僕に好意を持っていてそれでお前のことも意識しているのかもしれない。――いや、これはもしもの話だから。そんな睨むなよ、兄弟。僕はにお前関係以外で興味はないさ」 授業前。誰もいない廊下を歩きながらフレッドは話し出した。 どこまで正確な情報なのかまったくわからないフレッドの台詞を流し聞きしながら、僕は今日のの様子を思い浮かべる。 …僕たちが話しかけて、友人がそれを囃し立てて、それを照れながら流そうとしていて、ああなんかもう、そんなちょっとしたことが可愛く思えてほんと僕はどうしてしまったのか。末期だ、と言われても仕方が無いくらい僕はに好意を抱いている。 「大体、なんでなんだ? なにがそんなにお前を惹きつける?」 「それは――」 「それは?」 「おい、ジョージ!フレッド! あと2分で授業始まるぞ、急げよ」 あまり知られていない、魔法薬の授業への近道を、リーが走ってきた。そう言われて時計を見ると、確かに時間が無い。スネイプの授業に遅れて罰則を食らうのだけはごめんだ。僕たちは急いで教室へと向かった。 …正直、助かった、と思った。 フレッドの疑問に答える言葉は、すぐには思い浮かばなかったから。のなにがそんなにもいいのか、僕にはまだはっきりと分かっていなかった。 「あれ。」 「! えっと、ジョージ、くん?」 「ジョージでいいよ」 授業が終わり、僕は1人で廊下を歩いていた。放課後になり、フレッドとリーと話していたが、ふと魔法薬の教室に忘れ物をしてしまったことを思い出したからだ。 中庭を通り過ぎようとしたとき、木の下でなにやら細かな作業をするに出会った。 「昨日から――、えっと、よく会うね」 「き、昨日から、なんてことは、ないと思う。同じ寮だし、授業は同じものをよく取っているんだから。たぶん、あなたは私のことを全然知らなかったと思うから、それで――」 「それは、その…失礼。否定できないな」 そう謝ると、はパッと顔を上げ、首を振った。「そんな!私はあなたのことを責めているわけじゃなくって、」そんな言葉を言うから、僕は「いいんだ、本当のことだし」と返した。 そして、の隣に座る。放課後になって随分と時間が経ったからか、人は殆ど見当たらず、僕と以外誰もいない空間だった。そう意識した瞬間、体中が燃えるように熱くなるのを感じた。 「ジョージくんは、どうしてここに来たの?」 「魔法薬の教室に忘れ物をしてね。取りに行こうと思っていたんだけど――、」 「え?それなのに此処にいてもいいの? ジョージくんってばいつも忙しそうにしてるのに」 「僕は好きなことをしているだけさ。こそ此処でなにをしているの?」 「マフラーを編んでいるのよ」 よくよく見てみると、確かにの膝の上には毛糸の玉と、編む為の棒があって、なにやら綺麗な模様の入ったマフラーが既に半分ほど出来上がっていた。 紺色の、見るからに温かそうなマフラーだった。(けど、10月に入りたての今の時期にはまだ不要なものだな) これが誰か別の(もしかしたら)男、に渡されるものだとしたら、僕は今すぐ発狂したっておかしくないだろう。願わくば女同士の交換、とかでありますように。 「自分用?それとも…誰かに渡すの?」 「祖父と、あと…両親への、プレゼントなの。3人分だって考えたら、早めに作らなきゃ間に合わないわ」 そう言っては、目尻を下げて、なんだか寂しそうに笑った。 首を傾けて、指は毛糸を弄っている。 そんなの様子を尻目に、俺は深く安心していた。渡す相手が家族であることに。別に嫉妬する筋合いもなにも、(にとっては)ないだろうに、こんなところで勝手に誰かに嫉妬するなんて、本当にばからしい。 「の家族って、なにをやってる人?」 「祖父は獣医をしているわ。一応ダイアゴン横丁にお店を出しているの。基本は出張して検診をすることが多いから、お店自体は小さいけど」 「へえ、ダイアゴン横丁に!」 じゃあ今度うちの梟を診てもらおうかな、と笑いながら言うと、は今度こそ嬉しそうに笑った。お祖父さんのことが本当に好きなんだろう。お祖父さんをどれだけ尊敬しているか、どんな逸話があるのかを掻い摘んで話してくれた。その楽しげな表情を見ているだけで、僕はなんだか満ち足りた気分になっていた。 「えっと、あと、両親は、その…闇払いをしていたの」 「え、そうなの!? それは、凄いな」 「うん。12年前に、――――亡くなった、んだけど」 はその言葉を言いたくないようで、少し間を置いて、ぼそりと小さな声で呟いた。その様子を見て、僕はなんてことを訊いてしまったんだと思った。そして、どうにか話題を逸らせないかと脳をフル回転させて言葉を捜した。 「ご、ごめんね、こんな話になっちゃって」 「いや、違うよ。謝るのは僕の方だ。ほんと、ごめん。いくら謝ったって足りないけど」 「ううん、そんな。ジョージくんはなにも悪くないんだから」 首を振って、俯き加減ではそう言った。 「や、僕が悪いよ。僕、無神経だからいろいろ突っ込んだ訊き方しちゃうし、はもっと怒っていいし嫌がっていいし、君が望むなら、僕を思い切り殴ったって蹴ったっていいんだ」 だから、あんまり溜め込むなよ。そう繋げたら、は一瞬きょとんとして、それからくすくすと笑った。さっきまで暗い表情をしていたのに、あれ、僕今面白いこと言ったっけ――そう思ったころ、は口を開いた。 「―――殴ったり蹴ったりしてもいいの?」 「! えっ、それはまあ…、お手柔らかに」 まさかがそんなことを言い出すなんて思っていなかったから、ちょっと慌てて口がよく回らなかった。でも一度口に出したことだから撤回はせず、もし本当にが僕を殴ったり蹴ったりしてもとりあえず耐えようと思って一度唾を飲み込んだ。 「私は、そんなことをしていい相手よりも、紅茶を一緒に飲んでくれる相手が欲しいんだけど、」 「え、」 「丁度此処には、談話室から持ってきた少しのお菓子と温かい紅茶があるし、もしも今、少し時間があって面白いお話をしてくれる素敵な人がいてくれたら、」 とても嬉しいと思う、とは締めくくった。 そんな言葉を投げかけられたら、もちろん断れるはずが無くて。 僕はすぐにオーケーを出して、フレッドやリーとやった悪戯話を話し出した。 隣で器用にもマフラーを編みながら、は時折くすくすと笑ってくれるから、僕は調子に乗ってしまって話も弾む。 そんな中、漸く僕は分かった。僕はの、こういう繊細な部分に惹かれたんだろうなって。僕とフレッドを見分けられたり、聞き上手なところだったり、そういう内側に惚れたんだ。 さっきフレッドに訊かれた時には答えられなかったけど、今は分かる。答えられる。 そして、空がオレンジ色になりかけたころ、ようやく僕たちは重い腰を上げた。 2010.09.01 三笠 |