09


「今日はいろいろお話してくれてありがとう」
「いや。僕こそ。すごく楽しかったよ」


は毛糸や水筒、お菓子の包み紙なんかも全部まとめて紙袋に入れて、胸の前で抱えていた。
ゆっくりと歩きながら寮に戻り、談話室で別れた。
じゃあ、と手を振って分かれて僕も自室に戻ろうと振り返ると、すぐそこにはフレッドが立っていた。


「やあ兄弟。忘れ物は見つかったかい?」
「あ…」
「そんなことだろうと思ったさ。まだ夕飯まで少し時間があるし、お兄ちゃんが一緒に取りに行ってやるよ」
「フレッド。どうせ“何があったか話せ”ってことだろう?」
「ご明察」


にやけた顔を隠しもせず、フレッドは寮を出ようと歩き出した。
歯向かうこともせず、やれやれと呟きながら僕もそれについて行く。


「まさかと中庭デートなんて驚いたな。どんな手を使ったんだ?どうやって誘った?に声をかけるのも一苦労だったお前が?」
「声をかけるくらい出来るさ」
「今日はな。昨日までは出来なかった」


寮を出て廊下を歩きながら話す。フレッドは僕に向き合い、後ろ向きに歩く。


「偶然会っただけさ」
「偶然!まあ、そんなとこだろうな。それで?なにか進歩あったか?」
「ン…、まあ、あったと言えば…あったかも」
「お!どんな進歩だ?」

「…アー、そう、だな。たとえば」


動く階段を通り、魔法薬の部屋への近道を小走りで進みながら、先ほどまでの会話を思い出す。
彼女は器用に手を動かしながら、時折くすくすと笑っていた。
あんなにも近くで、彼女の声を聴けると思ってなかった。幸福だった。今改めてそう思う。
そして会話の途中、彼女に呼んでもらった自分の名前の響きを、音を、ふと思い出した。なんだかくすぐったいような、照れくさいような感覚が体中に沸き起こる。


「名前を呼び捨てしてもらえるようになった」

「…は?」


フレッドは首を傾げる。
それを見て僕は笑った。フレッドに理解できなくたって構わない。名前を呼んでもらえるなんてごく当たり前なことが、彼女によるとこんなにも嬉しいなんて、僕だって今までは理解できなかったんだから。
魔法薬の教室が近づいて、僕は駆け足で教室に入る。
誰もいない教室、薬の匂いが漂って陰気くさいが、今はそんなことすら気にならない。


「今までは、呼び捨てじゃなかったんだ」
「…そうだったか?」
「そうだ!」
「それが、今日から呼び捨てに?」
「ああ。進歩だろう?」
「………なんというか、おまえら」


呆れたようにフレッドが息をつく。僕は今日座った席に向かい、机の中から置き忘れていた羊皮紙を取り出した。
アリシアに教えてもらった、宿題に使える本のリストだ。さっさとポケットに突っ込んで、教室の出入り口へと戻る。


「“おまえら”の後はなんだよ?」
「…可愛い奴らだと思ったんだよ!今度ビルやチャーリーに伝えてやろう」
「な!そんなことしたら兄さんたちの笑いものになる!」
「冗談さ」


僕たちの悪戯好きの根源である(と僕等は思ってる)兄さんたちにバレたら、笑われるどころじゃない。からかわれて突っつかれて、ああもうとにかく笑われてしまう。既に就職してあまり家には帰ってこないけど、それでも、だ。とてもじゃないけどいいことが起きるとは思えない。


「さ、早く夕食に行こうぜ」
「絶対兄さんたちには言うなよ!」
「分かってるって」
「どうだか」


そんな言い合いをしながら、僕たちは夕食を食べに大広間へ向かった。






2010.09.06 三笠