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ハロウィンだというのに、いつもとなにひとつ変わらない退屈な授業は終わった。生徒たちは幾分か浮足立って、夕食時のハロウィンパーティを楽しみにしている。僕だってそうだ。今年のパーティはどんなことが起きるのだろう。ダンブルドアは今年も例に違わずなにやら素敵なゲストを呼んだらしいし、ハロウィンの飾りつけはきっと今年も素晴らしいだろうし、食事だって普段とは違ってすべて豪華で美味くて―――とにかく、素晴らしいはずだ!
僕とフレッドは、折角の悪戯日和なのだからと、まだまだ沢山の仕掛けを用意している。
トウガラシたっぷりの爆発シュークリームに、口の中で消えたり現れたりする飴玉に、なかなか溶けない鋼鉄チョコレートと、反撃用のお菓子もたっぷり用意した。

放課後になって、僕等は自室で今のところの成果と実験結果をまとめながら、一息ついた。


「よし、とりあえずここまでは大成功だな」
「ああ。あとはパーティの後…、談話室が勝負だ」


たくさん配って、少なくなったお菓子を補充しながら、僕等は話していた。
とりあえずやることは無くなったかと思った時、フレッドはにやりと笑った。


「さて、親愛なる我が弟よ」
「なんだよ、改まって。きもちわるいな」
「ここに、偉大なる先輩方の残した一枚の羊皮紙がある」


僕の言葉は軽く受け流して、フレッドは例の羊皮紙を差し出した。それは、僕等が一年のときにとある偶然と幸運から手に入れた、“忍びの地図”と呼ばれる代物である。それには、ここホグワーツの詳しい地図と、そこを蠢くすべての人の居場所が描かれていた。


「そして、だ。幸運なことに、今現在、お前の想い人である嬢は一人で、しかもこんなに目につかない場所にいるようだ」


フレッドの指差した先を見ると、確かには一人で廊下を歩いている。そして、その近くには、今のところ誰もいない。


「ということで、お前のすることは一つだ」
「なんだよ」
「折角、今日は悪戯をしてもいい日なんだぜ? だったら、お菓子をもらうでも悪戯するでもいいから、とにかく一言言ってくればいいだろ?“、トリックオアトリート!”…ガキでも言えるぜ?」


フレッドの言葉に、思わずため息をついた。
そりゃあ、僕だって言えるのなら言ってるさ。折角のイベントだし、出来るならとは関わりたいし。でも、もし嫌われたらどうしよう、なんて考えはいつだって消えないで心の奥で燻っているし、そもそもに向かって悪戯できるような勇気は生憎ながらなかなか浮かんでこない。


「とにかく、だ! ちょっと会話するでもなんでもいいから、のとこに行って来い。なにもせずにちょっと見て帰ってくるっていうのはナシだからな!ほら、早く行け!」
「…わかったよ」


渋々オーケーを出して、のろのろと部屋を出る。ポケットには、たくさんの(安全な)お菓子。あと、場所を確認するために忍びの地図も持ってきた。
僕は、なるべく急いで、の名前を追った。






人気のない廊下を一人で歩く。そろそろ外は寒いし、どこか静かな場所はないだろうかとホグワーツを散策しているところだ。
しかし、なかなか落ち着いて作業できそうな場所は無くて、やっぱり自室が一番かなあと思い始めてきた。ホグワーツは既に3年目。それなのに、まだまだこの城は広すぎて行ったことがない場所も多い。ただ私が行動しないだけかもしれないけど。


「やっぱり部屋に戻ろうかなあ」


肩にかけた鞄が揺れる。人っ子一人いない場所で、漸く私は一度立ち止まった。この辺りは授業がない限りみんな近寄らないから、すごく静か。
10月も終わりに差しかかるとさすがに廊下も寒くて、冷たい空気が流れる。
私は、くるりと逆を向いて、今来たばかりの道を戻り始めた。
はあ、と吐いた息が白い。
静かな静かな廊下だったのに、少しずつ、小さく小さく足音が聴こえて来た。
タッタッタ、と軽やかに、どんどん近づいてくるから、なんだか身構えてしまった。嗚呼どうしよう、多分そのうち、姿が見える。


!」
「…え…? ジョージ…?」


きょとん、と彼の名前を呼んだ。
私の前まで来ると、荒い息を彼は繰り返して立ち止まった。どうやら結構長い距離を走ってきたようで、この寒いのに少しだけ額が汗ばんでいる。


「どうしたの? そんなに急いで…」
「あ、アー…えっと…、大した用事じゃないんだけど…」


ふう、と深く息を吐いた。服の袖で汗を拭って、ちらりと私を見た。
片手をポケットに突っ込みながら、軽く目を逸らしながら(しかし時折こちらを見ながら)、口を開いた。


「と、トリックオアトリート」
「えっ」
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、ってやつだよ。ほら、あと10秒」


いきなりそんなことを言われたって、お菓子なんて今持っていたかどうか――。カウントダウンをし始めた彼に焦って、急いで鞄を広げた。中を探って探って、ガサガサコロコロと、鞄の中身が音を立てる。そして、辛うじて持っていたキャンディを見つけ、取り出そうとした時、ふっと視界が暗くなった。


「時間切れ、だよ」


きゅう、と軽く抱きしめられた。私の頭は彼の胸に押しつけられて、なんだかすごく熱い、彼の体温が伝わってきた。背中と、頭に宛がわれた手は優しくて、その感触と温もりに、眩暈がしそうだった。
とくん、とくん、と心臓が一気に高鳴って、はじけてしまいそう。


「…、」


小さく、私のファーストネームを彼が呟いた。熱い吐息混じりで、それが私の名前だと気付かないくらいの色気を帯びていて、私の心臓が酷く飛び上がった。
ただの、男の子、の友人。なのに、なんでだろう。ここイギリスでは、誰もが挨拶でハグもキスもするのに、今、ジョージにされてるハグはなんだかすごく、すごく気持ちが良かった。緊張と恥ずかしさと、少しの期待。
たぶん、時間にしたら10秒とか、20秒とか、そのくらい。それなのに、何故だかすごく密度を感じた。矛盾してるけど、長く、そして短かった。
ゆっくりと、彼の身体が、腕を離れていった。


「…ってば、どっか抜けてんだから。今日くらい、お菓子はちゃんと持ってた方がいいよ」
「えっ、う、うん、ありがと…」


なんだかマトモに彼の顔を見られなくて、少し俯いたままだったけど。ちらりと見た彼の顔は、なんだかすこし赤かった。さっきまで肌寒かったのに、今はすごく熱い。暑い、じゃなく、熱い。身体が熱をもった様。ああ、もう。心臓がうるさいよ。


「はい、分けてあげる。誰かに悪戯されないようにね」
「え、え?」
「じゃ、これで」


ジョージの手が、彼のポケットから出したのであろう、キャンディやチョコをたくさん私のポケットに入れてきた。
そして、もう一度彼の方を見たときには、既に立ち去って行く後ろ姿。何をそんなに急いでいるのか、来たときと同様に、駆け足だった。

残されたのは、未だ落ち着かない心臓と、ポケットの中のたくさんのお菓子。




2010.11.02 三笠