寮へ移動してすぐに、なにやらトロール事件は収まったようで、ハロウィンの料理が寮に現れた。 そうなると、寮に入ったことで安心した皆は、ハロウィンの料理を思いっきり食べて、ハロウィンらしく思い切り騒いだ。 「ねえねえ!Trick or Treat!!」 「わっ、アンジー!?」 後ろからアンジェリーナに圧し掛かられて、危なくバランスを崩しそうになった。もう、いきなりなにをするのよ、なんて呟いてポケットの中に手を突っ込んだ。中に入っていたのはジョージから貰ったお菓子。そう考えたら、ふっと顔に熱が集まった。 「ん?どうしたの?」 「えっ、な、なんでもないよっ」 先ほどジョージがお菓子を入れてくれた方と別のポケットを探る。その間に、待ちくたびれたのかアンジーの手が私の身体を擽ってきて、思わず身体をよじらせる。 「ひゃっ、あ、アンジ…っはは、ちょ、や、やめっ」 「悪戯するって言ったでしょー?」 「は はは…っ、わ、苦し…っあ、アンジー…っこれ」 笑い転げながら、お菓子を取り出して、アンジーの方に手を差し出す。ジョージから貰ったものではない。ハロウィンのために買ったビスケットだ。 「あら。ありがとう」 「まったく、アンジーったら強引すぎるよ」 「ごめんごめん。ってば可愛い反応するんだもの」 渡したビスケットをアンジーは自分のポケットに入れた。 それを見たとき、すぐ後ろから声が聴こえた。それは、さっきからずっと頭から離れなかったものと同じ声で、一気に心臓が跳ねあがった。 「おやおや、アンジェリーナ。をいじめてお菓子を奪い取ったのかい?」 「あらフレッド。いじめてなんかいないわ。悪戯したのよ」 「今日しか通じない言い訳だな」 くすくすと笑いながら現れたのは、予想通り、ウィーズリーの双子。フレッドくんと…、ジョージ。 振り返ってみると、二人はなにやら狼男の格好をしていた。 顔以外を狼の毛皮で覆って、狼の手足、迷彩柄のオーバーオール。 そして手にはお菓子の詰まった小さな籠を持っていた。 「じゃあ二人にも。ハッピーハロウィン、ってことで」 「なあに?」 ジョージとフレッドくんは、私とアンジーにマフィンを一つずつ渡した。 こんがりと焼けた、美味しそうなマフィン。 けど、二人の顔はにやにやと笑っていて、ただのマフィンじゃないんだろうなあなんて思った。 「ハロウィン用の魔法が掛かってる。一口どうぞ。別に変な魔法じゃないから」 「…ほんと?」 「ああ、本当さ!」 アンジーと二人で顔を見合わせて、それから一口マフィンにかじりついた。 甘くてやわらかくて、優しい味がした。それからすぐに競り上がってくる違和感。熱が体中をめぐって、頭がずくずくと沸騰するようになって、―――そして不意にその違和感は消え去った。 ジョージとフレッドくんは満面の笑みを浮かべて、ハイタッチをしている。 首をかしげながら、アンジーの方を振り返った。 「ねえ、アンジー…!?」 「わっ!どうしたのその、耳…?」 アンジーの耳は茶色い毛でおおわれた、動物の耳のようになっていて。そして私も自分の頭に手を当てると、同じように毛でおおわれた耳が出来ていた。いつもの耳の位置とは違って、ちょっと上の方に。 「どうだい?変な魔法じゃなかったろう?」 「大丈夫。1時間もすれば元に戻るし、二人とも似合ってるよ」 そう言い残してフレッドくんとジョージは他の人にもマフィンを配り始め、いつの間にか談話室にいる人たちの耳はみんな動物の耳になっていた。 その頃になると、まだ皆は騒いでいるというのに眠気が迫ってきて、私はアンジーに一言告げて談話室を出た。 すると、自室に居たのか、フレッドくんが男子寮の階段を駆け下りてきた。 「あれ、。もしかしてもう寝るの?」 「う、うん。ちょっと疲れちゃって」 今日はいろいろあったから。ハロウィンにトロールに、ジョージのこと。普段からこの学校は刺激の強いことばっかりだったけど、今日は特に。どきどきしすぎて疲れちゃった。 「そ。あ、ちょっと待って。今、ジョージ呼んでくるから」 「えっ、そんな、いいよ別に!」 「いや、あいつが用あるんだって。…てか、まだ直らないんだね」 「なにが?」 「耳」 そう言われて頭に手を当てると、確かにまだ耳は残っていた。アンジーのはさっき見たときにはもう消えていたというのに。 フレッドくんは首をかしげつつも、男子寮の階段を上って行った。 そしてすぐに、ばたばたと激しい音を立てて、滑り落ちるように、殆ど同じ顔だけでどちょっとだけ違う――ジョージが、降りてきた。 「や、やあ」 「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」 「いや、そんな、あ、え、えっと、、」 「なに?」 何か言いにくいことでもあるのか、ジョージはなんだか口ごもってはっきりとした言葉が出てこない。うーとかあーとか言いながら、言葉を探しているジョージを目の前にして、そういえば私もジョージに用があったんだっけと思いだす。 そして、思い出した瞬間に、今日の昼のことを思い出して、顔が熱くなる。 ポケットの中に手を入れると、カサリと音が鳴った。それを掴んで、ジョージの前に立つ。 「あの、ジョージ。…その、さっきくれたお菓子の…お礼、なんだけど」 「えっ」 手のひらに収まるような、小さな紙袋。中身は、先ほど急いで作ったプレーンクッキー。ココアもチョコチップもなく、本当に素朴なもの。 「さ、さっき急いで作ったの。たくさん貰ったし、あの、忠告も、その、くれたし」 「え。いいの?ほんとに?貰っても?」 「いいよ。というか、その、本当に急ごしらえだから、その…」 おいしく、ないかも。という言葉は聞こえたのか聞こえてないのか。 ジョージは、そっと私の差し出した袋を受け取ってくれた。ウソみたいに、すごく嬉しそうな顔して。そして子供みたいに無邪気に笑った。その笑顔にどきっとして、心臓がまたすごくうるさくなった。ああもう、今日はほんとおかしい。心臓がうるさい。聴こえてたらどうしよう。恥ずかしい。 「まさか、お返しがもらえるなんて思ってなかった」 「あ、あの本当に、さっき急いで作ったから材料もちゃんと揃えられなくて。だからあの、期待とか、しないで、ね」 「貰えただけで充分嬉しい。それに、僕甘いの好きだから。きっと美味しい。ありがとう」 大事そうに紙袋を持って。落ち着かない様子でまた笑った。 そして、思い出したようにジョージは口を開いた。 「そうだ、」 「えっなに」 「今日はどう?楽しかった?」 今日…ハロウィン。たぶん、悪戯好きな彼らにとって、とてもとても大切な日。そういえば、朝の花火といい、先ほどのマフィンといい、多分、ずっと前から計画していたのだろう。凄かった。私じゃ思いつかないことばっかりだった。 「楽しかったよ。朝からずっと。ジョージもフレッドくんも、ずっと前から準備してたの?」 「はは。まあね。が楽しめたなら良かった!来年はもっとすごいことやるから!期待してて!」 「うん、わかった。今日はありがとう」 「こちらこそ!」 おやすみ、と言い合って。 そして二人とも自分の寮に戻って行った。 今日はよく眠れそうだ。 2011.01.29 三笠 |