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「では、実践に移りましょう。皆さん杖を持って」


マクゴナガル先生の仰るとおりに杖を持ち、さっきまでノートに綴っていた内容を思い出しながら杖を振るい呪文を唱えた。


変身術の授業―――。
今年は3年目になるというのに、相変わらず難易度は非常に高く、ノートは何度も読み返さなくては理解が出来ない。その上量も多く、マクゴナガル先生曰く「最も複雑で危険な授業」というのは伊達ではないようだ。
ひたすらノートを取り、授業の後半でようやく杖を振るって実践に移る。
全力で集中して最後には燃え尽きる、きっと1番頭を使う授業だ。…最も、私としては飛行術の授業よりはずっとマシだけれども。


「では、そろそろ時間ですね。本日の宿題はありません。来週はまた次の課題に進みますので復習をしっかりやっておくように」


そんな言葉が聞こえるまで粘ったけれど、目標の7,8割程度しか目の前の鼠の姿は変化しなかった。
チャイムの音を聞きながら、ふうとため息をつく。放課後にでも復習しないとなあ、なんて頭のどこかで考えながら片付けを始めた。


「なあ。魔法薬の宿題は終わったかい?」
「フレッド!お前、まさかに頼る気かよ」


後ろから肩を叩かれ、振り返ったら双子の顔。
目の前のフレッドくんよりも、後ろのジョージの方を見てうっかり心臓が高鳴った、のは、気付かない振り。
ただびっくりした振りをしながら、薬草学の宿題を思い浮かべてみる。


「え、う、うん。終わったけど…」
「うわーさすが!」
「アンジェリーナも終わったのかい?」
「まさか。あと10cm分は残ってるわ」


隣に座っていたアンジェリーナは苦笑しながらそんなことを言ってのけた。
確か宿題は羊皮紙50cm分。まだ3日はあるからアンジェリーナは大丈夫だろうけど、目の前の2人はどのくらいやってあるのかなあ、なんて思う。まさか何もやってないなんてことはないだろうけど。


「2人は? あとどのくらいなの?」
「そうだなあ。あと40cmはあったかな」
「それはフレッドだろ。僕はあと30cmくらいさ」
「な!嘘だろジョージ…。僕より10cmも先に進んでるなんて…!」
「ちょ、ちょっと待って二人とも!それ…終わるの…?」


そう言ったら、二人は顔を見合わせて苦笑しながら両手を広げ、顔の横に上げた。
出来ない量ではないだろうけど、2人はそろそろクィディッチの練習も忙しくなるはずだ。思わず心配になってしまう。


「まあ、どうにか終わらせるさ。…ということで、もし良ければ参考図書のタイトルなんかを教えてもらえたら助かるかなーなんて」
「2人とも?」
「…うん」


拝むように視線を向けられて(主にフレッドくんのほうに)、私は仕方ないとでも言うように肩をすくめた。
クィディッチを見てるのは楽しいし、2人にはがんばってほしい。もちろんアンジェリーナにも。魔法薬の宿題なんかの所為で練習が潰れるようなことがあったら困る。同じグリフィンドール生としても、と、友達としても。
…ということで、鞄の中の手帳から、資料のメモを引っ張り出して別の紙に写す。


「この3つ目と5つ目が分かりやすくていいと思う。私は1つ目と4つ目から主に引用したから、被らないように気をつけてね」
「! さすが!まるで君は女神だよ!」
「フレッドくんってば大袈裟だよ」
「いや、そんなことないよ。、ありがとうな」


大袈裟にメモを受け取るフレッドくんと、笑みを浮かべながらお礼を言うジョージ。私は思わずくすくすと笑ってしまった。
次の授業はジョージとフレッドくん、アンジェリーナは同じだけど、私だけ別の授業だ。
そろそろ行かないと間に合わなくなってしまう。


「2人…じゃないや。アンジーも含めて3人にはクィディッチがんばってもらわないといけないし。出来ることは何でもやるよ。宿題代わりにやって、とかはだめだけどね」
「ありがと、。今月は宿敵スリザリンとの試合があるもの!がんばらなきゃ」
「あ、そうだアンジェリーナ。ウッドから伝言。今日の放課後の練習場所なんだけど、」


ジョージがアンジーに話しかけて、クィディッチ関係の会話が続いた。
全く分からないわけじゃないけど、プレイしない人間には言ってみれば"関係のない"話。
時計を見て時間を確認して、それからそっと鞄を持って立ち上がる。
疎外感、を意識した瞬間、なんだか寂しくてせつなくって。この場から立ち去りたくなった。
それになにより、ジョージがアンジーと仲良く話してるのがせつない。…なんて、ばかみたい。同じクィディッチチームのメンバーなんだから、仲がいいのは当然なのに。私よりも先にアンジーに声をかけているのを見ると全然だめ。友達同士なのに嫉妬してる。私、こんなに心狭かったっけ。


「ごめん、次の授業、教室遠いから先に行くね」
「あっそうね、また夕飯のときに会いましょ」
「ごめんな、引き止めちゃってたみたいで」
「ううん、そんなことないよ。じゃ、また後で」


足早に教室を出て、ふうと息を吐いた。
ジョージとは仲良くなったつもりだったけど、大多数の中の1人なんだなあ、なんて。どうしようもないことなのに、思わずにはいられなかった。
なにがどうして嫌なのかわからないまま、心の中で何かが燻っていた。



2011.02.12 三笠