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「久しぶりに箒に乗ってみようかなあ…」


ぼそっと呟いた言葉は、誰にも知られずチャイムの音にかき消された。

マグル学の授業中、ずうっとそればかりを考えていた。
1年次の飛行術の授業は散々だった。運動神経なんて皆無に等しい私は、それに加えて軽度の高所恐怖症なんてものまで持ち合わせていて。
せいぜい建物の2階程度の高さまでしか飛ぶことはできなかった。
上へ上へ、軽々と飛んでいく同級生を見上げながら、先生に励まされながら、それでも私は振り落とされないように箒をしっかり持つことしかできなかった。
あのときの記憶は今もはっきりと思い出せる。
恐怖。それと、羨望。
暴れそうになる箒をパニックになりかけながら必死で落ち着かせ、弱弱しくゆるゆると浮いていることしかできなかった自分。

―――そういえば、双子は真っ先に飛び上がって先生を驚かせていたっけ、と思い出す。あの頃は2人のことは全く知らなかったけれど、そういえば最初から飛行術は上手かったなあ、なんて思った。

飛行術の最終授業が終わった後、もう二度と箒なんかに乗るか、と思ったはずなのに。
どうして今更気が変わったのかなあ、なんて考えたら、すぐに答えが出た。
あの3人と同じ世界に行きたいんだろうなあ、って。さっきみたいな疎外感を味わいたくないだけなんだろう。そう考えていたら、自分の心の狭さがさらに明るみになるようで、気分がずん、っと沈んでいった。
全部が全部、共有できなくてもいいはずなのに。


そんなこんなで、本日の最終授業が終わって、いつの間にか放課後。
本格的な冬が近づいている気配を感じながらも、私は外に出た。木のそばに座って、新学期が始まって直後に開始した、両親へのクリスマスプレゼントであるマフラー編みに集中した。




「ねえ、今年のクィディッチチームに、あのハリー・ポッターが入ったって本当?」
「え?一年生はチームに入れないって話じゃなかったっけ」
「マクゴナガル先生が直々に推薦したって噂よ。なんでも、飛行術の授業で凄い飛び方をして見せたとかで…」
「へえ。ポッターって、凄いのは経歴だけじゃなかったのね」
「そうね。なんにしても、次の試合は楽しみだわ」


日が落ち始めた頃、ようやく私は寮へと歩き始めていた。
そんなとき、廊下でそんな会話を聞いた。
ハリー・ポッターといえば、例のあの人と対峙して生き残った唯一の魔法使いだ。その程度の知識しかなかったけれど、そういえば同じグリフィンドールの1年生だっけ、とおぼろげな記憶を辿ってみる。
クィディッチチームにいるのなら、今度アンジーに聞いてみようかな、と思った。

カツン、カツン、と廊下に自分の足音だけが響く。
寒いからだろうか、最近はみんなあまり寮の外に出たがらない。


「もう、ジョージってば、練習で怪我するなんてたるんでる証拠よ」
「こんなの掠り傷だよ。アンジェリーナは練習に戻っていいから」
「だめよ。ウッドに頼まれたんだもの。ついていくわ」


ふと、廊下の先でそんな会話が聞こえた。
少し急ぎ足で、音を立てずにひっそりと進むと、ジョージがアンジーに肩を借りながら、泥だらけの練習着で医務室へ向かっているところだった。背中しか見えなかったけど、二人はすごく仲が良さそうに見えて、私は息を呑んだ。呼吸が止まってしまうんじゃないかってくらい、衝撃だった。視界に入った2人の背中に、なんだか声をかけるのも憚られるような、そんなものを感じてしまった。すぐに目を逸らした。心臓がぎゅうと締め付けられるのを感じた。どきどきどきどき。身体が熱くなるものではない。逆に冷めていくような、背筋が凍っていくような、そんな感覚。心臓がどくどくと脈打った。


(見たくなかった。知りたくなかった。やだ、どうしたの私。なんでこんなに胸が痛いの)


2010.02.13 三笠