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「おかしいと思うの」
「あら。私としては、愛しの彼におめでとうの一言も告げずにベッドに潜り込んでしまうあなたの神経がおかしいと思うわ」


アリスは戻ってきてすぐにそんな言葉を吐き捨てた。少しむっとしているようで、私はすぐにごめんと謝った。


「明日の15時に湖のほとりに来てほしいって」
「! そ、そっか。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」


他のルームメイトはやはり不在で、多分まだ下で騒いでいるのだろう。大勢の人の声が微かだけど絶えず聴こえている。
15時に中庭――。以前話したときのことを思い出して、思わず笑みが零れた。


「で?なにがおかしいの」
「えっ」
「ジョージの一言で舞い上がってないで、言いかけたことを教えてよ」
「ま、舞い上がってないよ」


アリスは自分の椅子を私に向けて、どうだか、とでも言うように肩をすくめた。
私は少し顔を引き締めて、上半身を上げる。ずっと前から気になっていたことだ。


「新学期が始まった初日、ダンブルドア先生が4階のあの部屋への出入りを禁じたわ。なんの説明もなしに」
「ええ。珍しいわね。禁じられた森はあらゆる生物がいて危険だから、というのは皆分かっているけれど、あの部屋が危険というのは聞いたことがないものね」


組み分けの後、例年通りにダンブルドア校長先生の話が始まった。その際にいきなり、4階に近づくなと言い放った。理由も何も言わず、一言だけだ。
ダンブルドア先生の言葉に間違いは無い。みんなそう思っているからこそ、あえて近づく人は殆どいないけれど、誰もが不思議に思っている。あの部屋には、なにかがある、と。


「それにハロウィンの日、トロールが侵入したわ。おかしいでしょう。此処はホグワーツよ? トロールは力は強いけれど頭はすっごく悪いし、誰かが手引きして暴れさせたとしか考えられないの」
「…それは…、そうだけど」
「あと、今日のハリー。箒が急におかしくなったじゃない。アンジーに聞いたら、今までこんなことは無かったらしいわ。いくら初試合で緊張してるにしても…、なにか外的要因があると思わない?」


アリスもおかしいと思いながら、頷くには決定的ななにかが足りないといった様子だ。私もそう思っている。


「私、ハリーの箒がおかしくなっている間、スネイプ先生とクィレル先生がハリーから一瞬も目を離さずになにか呪文を唱えているのを見たのよ。
 それにクィレル先生はハロウィンの日、トロールを発見してそれを知らせに来たわよね。どうしてあの日、先生は発見できたのかな。どうして皆と一緒にハロウィンパーティにいなかったのか、不思議に思ってたの」

、あなた」


たぶん私が言おうとしていることが予想ついて、アリスは目を見開いた。
先生を疑うなんて正気の沙汰じゃない、そう言いたいのだろう。
でも、先生だって完璧な人間なわけがないし、例のあの人が闇の魔術の防衛術の先生に立候補した、なんて話もある。可能性は0じゃない、そう思った。


「クィレル先生が、誰かに脅されて騒ぎを起こしているんじゃないかって。…私、そう思うの」



(どうしてこんなふうに思うのかはわからない。でも、一度もった疑いはそう簡単に晴れそうも無かった)



2011.08.19 三笠