34
15時に、湖のほとり。
そう約束したのに、私は14時半には既にそこにいた。
前と同じように、編み物をしながら、時折持ってきた紅茶を飲んで過ごす。


「やあ、
「! じょ、ジョージ」


いきなり現れたジョージにびっくりして、思わず声が裏返った。ジョージはくすくすと笑いながら隣に座った。
11月の湖はひどく冷えるし、木々は落葉し、寂しげな光景だ。そのため、わざわざ此処に来る人は殆どいない。


「えっと…昨日はごめんなさい。探してくれたんでしょう?」
「ああ、構わないよ。疲れてたんだろ? 凄い騒ぎだったから、部屋にいてもうるさかったかもしれないけど」
「ううん、大丈夫。試合凄かったもんね。おめでとう。それと、…ありがとう」


最後にお礼を付け加えたら、ジョージは首をかしげた。私も、お礼を言うのはなにかおかしいかもしれない、とは思ったけれど。でも言いたかったから。つい、口をついて出てしまった。


「? なんかお礼言われることしたっけ?」
「え、っと…、ホグズミード。私も、その、一緒に行けたらいいなあって思ってたから」


そういったら、ジョージは目に見えて動揺した。
えっ、と声を出して目をまんまるくして。そして少しだけ頬を赤く染めた。
たぶん私も顔が赤い。こんなに大胆なことを言えると思ってなかった。


「じゃあ、一緒に、行ってくれるの?」
「…あの、本当に申し訳ないんだけど、午後からでもいい、かな。ずっと前から友達と一緒に行くって話してて。今から断りにくくって」
「全然!大丈夫、僕は全然構わないよ。じゃあ午後、13時くらいに…、そうだな…、多分何処も混んでるけど…」


お兄さんたちからいろいろ聞いているのか、ジョージはいくつかの店の名前を出してくれたけど、私には何一つ分からなかった。

ホグズミードは世界で唯一の魔法使いのみの住む街。その噂はよく聞くけれど、詳しくはよく知らない。




「店の名前を聞いても、たぶん場所がわからないわ…」
「オーケー。じゃあ郵便局の前にしよう。フクロウがたくさんいるからきっと分かるさ」
「うん。じゃあ、13時に郵便局の前ね」


確認まで終えると、急に何を話していいのか分からなくなった。
話すことが決まっていれば、すんなり話せるのに。
そっとジョージの顔を盗み見しようかと思ったら、偶然、ジョージも同じようにこちらを見て、慌てて2人で視線を逸らした。
どき、どき。何を話そうかと考えて、思い浮かんだのはたくさんあった。でも、どれもすごく、ものすごく情けなくて、私は言ってしまっていいのか、すごく、悩んで、その中でもたぶん一番マシなものを選んだ、つもり。


「ひ、ひとつ聴いてもいい?」
「なに?」
「あのとき、誰を見てたの」
「あのとき?」


ジョージは首を傾げてこちらを見た。顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて情けなかったけれど、私は続けた。


「試合の後。こっち見て、ガッツポーズ、してたよね…?」
「ああ、あのとき」
「うん、あのとき、誰のこと見てた…?」


見上げるようにしてジョージのことを見た。


「君の事見てた」
「え」
のこと見てたよ。も手を振ってくれたから気付いてくれたのかと思ってたけど」
「! あ、えっと。こっちかな、って思ったけど、でも私じゃないかも、って思ったらちょっとあの、よくわかんなくなって」


そう言ったら、ジョージは一瞬きょとんとした顔をして、それからふっと笑った。私の小さな不安なんてすべて吹き飛ばしてしまいそうな、そんな明るい笑い声だった。


「はは。なんだ、そんなこと気にしてたの」
「そ、そんなことって!だって、違ったら」
「僕はちゃんとのこと見てたよ。今も、あのときも」


今も。その言葉にどきっとした。今、ジョージの目の前には私しかいないんだ、って思ったら、今更だけどその現実に緊張した。どきどきした。


「ねえ、僕もひとつ質問いいかな?」
「? うん、いいよ」
「このまま、」


ジョージから質問されるのはなんだか珍しい気がして、なにを聞かれるんだろうと思いながら頷く。
彼は笑みを浮かべながら口を開いた。


「このまま、夕飯まで一緒にいたい、って言ったら…迷惑、かな?」





(ああ、ああ、どうして断れるっていうんだろう)
(私は一気に顔を赤く染めながら。何も言葉を紡げないまま首を振った)



2011.08.24 三笠