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「あっ、ねえねえ、あの子可愛い」
「…た、ただの生意気そうな猫に見えるんだけど」


ホグズミードにあるペットショップの前を通った時の感想。
思わずジョージの服の裾をつかんで、引き寄せつつ、ショーウインドウの前で立ち止まる。
真っ白の毛皮で蒼い瞳。気品があって堂々としている。かわいい。きれい。かっこいい。いろんな言葉が浮かんできて、ツンとどこかに目を背けるその子から目が離せなかった。


「そうかなあ、意外と甘えたさんだと思うけど」
って、なにか動物飼ってたっけ」
「あ、うちお祖父ちゃんが獣医なの。だから家にはたくさん動物がいるんだけど、こっちにはフクロウ1羽だけ連れてきてて、…って、ご、ごごごめんなさい」


つい無意識で引っ張ってしまっていたけれど、ジョージの服をつかんだままで、振り返った時に思わぬ近さでびっくりした。
すぐに手を離して思わず飛びのく。意識した瞬間に、一気に顔が熱をもった。


「や、そんな謝らなくても大丈夫だから」
「わ、わたし動物のこととなるとちょっと周り見えなくなっちゃうっていうか、あの、ごめんついあの、」
「アー、いや、だから謝らなくても。っていうか、むしろオッケーっていうか、ちょっと、その、…嬉しかった、し」


ジョージもちょっと気まずそうに顔をそらしながらそんなことをつぶやいた。
え、と口からこぼれおちて、ジョージの言葉を頭の中で繰り返すと、頭が沸騰したみたいに熱を上げた。
お互い無言になって、ちょっとうつむいて、緊張でカラカラになった口で小さく「あ、あり、がとう」とつぶやいた。聞こえていたかどうかわからない。けど、ジョージはそのあと、「い、こうか」と呟いて、私はうなずいた。
少しだけぎくしゃくした空気に包まれながら、ゆっくりとまた歩き出した。



「ね、あれってクィディッチのお店?」
「ん、そうそう。やっぱり賑わってるよなあ。誰かチームの奴らいるかも」


一番目立つ位置に箒が飾ってあって、他にもユニフォームやグローブ、様々なものが置いてある。ちなみに、ショーウインドウに置いてあるのは今年の新型モデル、ニンバス2000だ。


「クィディッチって、楽しい?」
「え?楽しいよ。もちょっとやってみたら?」


当たり前のようにそう言ったジョージに、なんだか視線を向けられない。
箒に乗るのが怖いなんて、それでも魔女かと、そう思うに決まっている。
箒に乗って飛ばなければクィディッチなんてできない。
遠目で箒を眺めるジョージに言ったら馬鹿にされるだろうか。


「…一年の時の、飛行術の授業覚えてる?」
「一年の時?うーん、確かフレッドと真っ先に飛び上がって叱られた記憶があるけど、他はあんまり。なんで?」
「や、あの、私一番最後まで飛べなかったから」
「は?」


ぽかん、と口を半開きにしてこちらを凝視するジョージから目をそらす。
他の授業は全然問題ないけれど、飛行術だけは最低ランクの評価だった。箒に不安が伝わって、がたがたと揺れながら、情けなくふらふらと浮かび上がることしかできなかった。フーチ先生は憐みの視線をこちらに向けながら、仕方ないですからあなたはここまででいいです、と言っていた。


「そうだっけ」
「そ、そうだよ!フーチ先生が頭抱えるくらい駄目だったの!」
「え?えー…、全然覚えてない」


周りに興味なかったからなぁ、と呟くのが聞こえた。
私にとっては、興味がなくても否応なく視線に入るのがウィーズリー兄弟だったけれど。


「じゃあ、今度一緒に飛んでみる?」
「わ、私、飛べないって」
「いや、僕が箒動かすから、抱えて飛ぼうかって話。一回空は怖くないって気がつけば次は飛べるかも」
「抱えて、って…」


それはもしかしてすごく近い位置にいるんじゃないかと、空の恐怖よりもジョージが近すぎて緊張してよくわからなくなりそうだと、思った。
そう考えていると、ジョージも気づいたようで、一気に顔が赤くなっていった。


「あ、いや、あ、アーっと、変な意味は、」
「わ、わわわかってる…っ き、きっと、妹さん、とかに、よくやる、んでしょ…?」
「そう、そう、なんだ! だからつい」


お互いに顔をそむけ、どぎまぎする。
嬉しいかもしれないし楽しいかもしれないけれど、緊張でそれどころではない。今この距離でさえそうなのだから、もっと近くになんていられない。


「…でも、が嫌じゃなければ、ぜひ」
「う、…かんがえとく」


今はそれだけしか言えないけれど。
顔を赤らめてはにかんだジョージの顔が少し嬉しそうだったから、それでいいと思った。



2011.3.17 三笠