雪にまみれた12月のある日。 その日も変わらず、朝からどっさりと雪が積もっていた。 「もう12月ね」 「そうね」 「あなた、いつまで編み物を続けるつもりなの。9月から一体何本マフラーを作ったのかしら」 アリスがにやにやと笑みを浮かべながらそんなことを言った。 私の机の上には既に3色のマフラーが完成された状態で置かれている。 「…これで最後よ」 「あら、それは手袋? 真っ黒の毛糸を選んだのは意外だったけど、随分細かな模様を編んでいるのね。ウィーズリーの赤い髪にも合うと思うわ」 「全部お見通しなら、わざわざ口に出してからかわなくてもいいと思うんだけど」 そう言うと、アリスは「全部当たってるなんて思ってなかったわ」なんてさらりと言ってしまう。口喧嘩だったら絶対勝てないだろうなあと内心で想いながら、視線は手元の編み棒と毛糸から動かさない。 「喜ぶでしょうね」 「だったらいいな」 完成まであと少し。模様を調整しつつ長すぎないようにと確かめながら丁寧に指を動かした。 すぐ目の前に座っていたアリスは、小さく息をついて笑みをこぼしていた。 「…結局あなた、クリスマス休暇はどう過ごすの? ホグワーツに残るのかおじいさんとルーマニアへ行くのか」 「あ、言ってなかったっけ。ルーマニアへ行くのよ。恐ろしいことに、今年のクリスマスはドラゴンの住処のすぐ近くで過ごすの」 つい先日、返事の手紙を送ったところだった。 当然だけど煙突ネットワークだけでは行けないので、マグルの列車を乗り継いでいく。過去に数回乗ったことはあるけれど、ちょっと怖いなあと思う。(ただ、夜の騎士バスよりは紳士的だって聞いたことがあるから、少なくとも急ブレーキでひっくり返ったりはしないらしい) 「あら。ほとんど人のいないホグワーツでジョージと過ごすのかと思ってたわ」 「! そ、そんなことできないよ、フレッドくんもいるし、ジョージにも予定があるだろうし、」 「ホグズミードでは素敵な一日を二人きりで過ごしたのに?」 うっ、と眉をひそめた。 あの日のことはあまりアリスには言っていない。 言いたくなかった。二人の時間は二人だけのものであってほしかった。 そんなに甘ったるいことはなかったはずだけど、思いだすだけでぼうっとしてしまうほど幸せな一日だった。 どきどきして熱が出て早く過ぎ去ってほしいような、でも一生あの時間のままいたいような、そんな矛盾ばっかり抱えた気持ちでいっぱいだった。 またあんな時間を過ごしたいな、なんて。絶対に本人には言えない。 「アリスって、ちょっと性格ひねくれてるよね」 「あなたが真っ直ぐすぎるのよ。天然記念物並だわ」 一段、二段と折り返していくと、ついに模様部分が終わった。あとは伏せ止めをしたら完成だ。9月から少しずつ編み進めて、マフラー3本に手袋を1セット。 クリスマスに間に合ってよかった、と安堵しつつ、渡すときのことを考えて少しどきどきした。 「でも、クリスマス休暇中になにか進展、ってことはないのね。じゃあ次の機会はいつかしら…。クィディッチにホグズミード、イースター休暇…うーん、こんな調子じゃすぐに夏休みに入っちゃうわ」 「えっ、なんでアリスがそんなこと気にしてるの」 「だってあなたとウィーズリーを見るのは結構楽しいんですもの。今どきそんなにいないわよ?付き合うだけでこんなまどろっこしくて、触れるだけで躊躇するような二人」 うそ、と思わず呟いた。じゃあみんなどうやって好きになっていくんだろう。 相手の人をつい目で追ってしまって一緒にいるとどきどきして苦しくって、でも幸せで。触れるのは怖い。でも触れたい。ずっと一緒にいたいけど、もし断られたらと思うと告白できない。 そういうのが恋だと思ってた。みんなそうだと思ってた。 「ジョージはもうちょっと器用に立ち回ると思ってたわ。でも、案外そうじゃなかったわね。少し似てるわ、あなたたち」 「え、え?」 「二人とも今のペースが合ってるみたいだから、のんびり恋して勝手にどきどきしてればいいんじゃないかしら。付き合ってからもなかなか進展しそうもなくて、しばらくは楽しそうだわ」 くすくすとアリスは笑っていた。 あまり語らなかったホグズミードのことも、彼女なら勝手に推測して、もしくは噂話なんかを元になんとなく全体像を思い描けているんだろう。 きっとこれからのこともなんとなく推測出来ていて、当事者の私なんかよりもずーっといろんなことが分かっているようだった。 ホグズミードのあとは、何人かの友人に「もしかして付き合ってるの?」なんて言葉を投げかけられたけど、全部曖昧な言葉で濁した。 付き合ってはない。けど、好き。そんな微妙な立ち位置は、その時の少しの会話で友人たちに広まったようで、下手な横槍を入れるわけでもなくそっと見守ってくれているのは有難い。いつのまにかアンジーにもバレていて、時折クィディッチの練習中に聴いた話題なんかを教えてくれる。 「…今度、箒に乗せてもらうの」 「えっ?」 「クィディッチの話をしたとき、箒に乗るの上手くないって言ったら、一緒に飛んでみる?って訊かれて。まだちゃんと約束してないんだけど、考えてみるって言ってあるの。でも飛ぶのは苦手だから、覚悟が決まったら、こっちから、言ってみる、つもり」 ぼそぼそと独り言のように喋ると、アリスは予想外だったようであんぐりと口と目を開けていた。美人が台無しだよ、と言うと少し落ち着いたように口を閉じていた。 「箒に乗せてもらうって、一緒の箒に乗るってことよね」 「うん」 「大進歩じゃない…。びっくりしたわ。一緒に歩くよりよっぽど至近距離で、きっと飛んでる間ずっと触れていられるし。―――それに」 これこそまさに信じられない、とでも言うようにやはり驚いた顔で彼女ははっきりと口を開いた。 「1年生のときに、箒が怖くて泣きべそかいてた貴女が自ら箒に乗ろうとするなんて、それこそ奇跡だわ」 それは確かにまだ怖いしできるなら乗りたくないかもしれない、と思っているけれど。 少しだけでもジョージに近づきたいから、それすら克服できるんじゃないかって、思った。 (ああでもこわい。むり。試合を追うのもギリギリなのに、空を飛ぶなんて信じられない…うああ) (まあ…覚悟が決まるのはずいぶん先みたいね) 2012.7.11 三笠 |