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朝目が覚めて、リビングへと降りると、まだあまり人はいなかった。
朝食を用意しているモリーさんに挨拶をして、少し外の空気を吸おうかと思って外に出る。冷たい空気にさらされて、一瞬ぶるりと身体が震えた。


「さむ」


ふうと息をついて、やっぱり中に戻ろうかなあと思っていると、視界の片隅になにかが映った。よくよく目を凝らして見ると、こちらに飛んでくるなにかが―――あ、天馬、だ。
マグルはいないにしても、こんな場所で――、とそう思っているうちに一つの可能性を思いついた。あの人ならやりそうだなあ。
そう思っているうちに、どんどん近付いて、すぐ目の前に着陸した。
ああ、やっぱり。


「久しぶり、お祖父ちゃん」
「おお…、か。無事に着いたようでなによりじゃ」


乗っていたのはセストラルだった。死を見たことのない人には見えない天馬。お祖父ちゃんが降りると、一度首を振り、すぐに飛び去ってしまった。


「ドラゴンはどう?」
「ふむ――。さすがに気位が高いな。炎を吐きあの鋭い目で睨みつけられたら、どんな人間でも多少は竦むもんじゃ。一筋縄ではいきそうにないわい」
「楽しそうでなによりだわ。死なない程度に頑張ってね」
「ドラゴンの手にかかるなら、死んでも後悔なんぞないがな」


一晩中起きていたのだろうか。時折疲れたように息を吐く。
ドアを開けて室内に入ると、暖かい空気と、朝食の美味しそうなにおいが漂っていた。


「モリーさんじゃったか。休暇だと言うのに三食美味しいものを作ってくれて助かっちょる」
「あ、私も手伝わないと。お祖父ちゃんはシャワーでも浴びて、着替えたら一度寝た方がいいんじゃない? 疲れてるでしょう?」
「そうじゃな…。そうさせてもらうか」


そうしてお祖父ちゃんは少し折れ曲がった腰でシャワールームへと向かった。服は泥だらけだったし、目に見えて疲れていた。もうすぐ100歳なんだから無理しないほうがいいのに――。そう思うけれど、あの人は聞きやしないだろう。
私は少し小走りでキッチンへと向かった。


「モリーさん、おはようございます。手伝いますよ」
「あらおはよう、。じゃあ、サラダを頼んでいいかしら。材料は食糧庫にあるわ」
「はい」


私はレタスを3玉、アボカドを5つ、トマトを5つとハムを3切れ、かごに入れて持ってきた。軽く水を通し、まな板に乗せて切っていく。ボウルを3つ用意し、それぞれに等分していく。


「もしかしてお家でも料理するのかしら。うちの子たちじゃ考えられないほど手際がいいわ」
「あ、はい。ホグワーツではしませんけど、おじいちゃんは家にいない日が多いし。ミートパイあたりをよく作りますね」
「あら!じゃあ夕飯に作ってもらおうかしら。明日はクリスマスだし、今日の夕飯は少し豪華にしたいわね」


オーブンで焼いていたパンが香ばしい匂いを溢れさせていたから、焦がす前にと取り出した。それを一定の大きさに切り分けてお皿に乗せて行く。


「おはよう、母さん、。今日も美味しそうな朝食だね」
「アーサー、おはよう」
「おはようございます」


アーサーさんとモリーさんは軽いハグをする。私は一度挨拶のために振り返ったけれど、すぐにパンを切り分ける方へ向き直った。
包丁を持つ手に集中していると、焼き上げたばかりのパンでいっぱいになった籠がアーサーさんによってテーブルへと移動された。
もう一つの籠もすぐにいっぱいになって自分でテーブルへ移動させる。


「おはよう。父さん母さん、それに
「チャーリー、おはよう」
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます」


良く眠れたよ、とチャーリーさんは笑みを向けた。
ばらばらとみんな起きてきて、いつの間にかテーブルの周りをみんなが囲んでいて、お行儀よく座って雑談をしていた。
スープを全員に配って、焼きあがったばかりのソーセージを皿に移した。


「おはようみんな」
「! オーランド。戻っていたのか」
「ついさっきじゃがな。ドラゴンじゃが、昨夜急に産卵に入ってな、ほんの1時間ほど前生まれたばかりじゃ」
「産卵だって? じゃあここ数週間の様子の変化は――」
「そうじゃろうな。まだまだ研究が足りんようじゃ」


ドラゴン研究をしている全員の顔が色めき立って、ざわざわとドラゴンについて話しだした。


「まあ、この話はあとにして、今は朝食じゃ。せっかくモリーさんが作ってくれたんじゃから、温かいうちに食べよう」


その一言を皮切りに、みんなが席につき、それぞれがお祈りをしたりしなかったりしてから食べ始めた。
クリスマスイブだというのに、ドラゴンのことは頭から離れないようで、会話の内容はドラゴンからあまり離れなかった。(ウィーズリー一家は別だけど)


「そうじゃ、
「なに?」
「明日の予定は?」
「特に決めてないけど…、なにかあるの?」


いきなりおじいちゃんに話しかけられて、なんだろうと首を傾げる。
スープを一口飲んで「おいしい」と呟いた後でおじいちゃんは顔を上げた。
その顔は笑みを浮かべていた。


「折角此処まで来たんじゃ。ちょっとドラゴンと友達になってこい」


「は、」


カチャン、と手にしていたフォークを落とした。周りのみんなも話すのをやめてこちらに視線を寄こす。信じられないような目をしていた。きっと私も同じような目でおじいちゃんを見ているんだろう。


「学校が始まるまで数日あるじゃろ。ギリギリになったら迎えに行くから、それまではドラゴンと―――」
「ちょ、ちょっと待って。ドラゴンって確か、M.O.M.分類 XXXXXで、訓練・飼い馴らし不可よね? それってつまり友達どころか視界に入るだけで攻撃されるような生物よ? それと、なに、数日一緒に過ごせって、」
「死なないための訓練くらい受けているじゃろ」
「そ、そういう問題じゃ――」
「誰か、あとでドラゴン研究の報告書をさらっと見せてやってくれ。明日の13時には発つからそれまでに準備を済ませておくように」


ぴしゃりとそう言って、それからおじいちゃんは席を立った。
おじいちゃんのお皿は空になっていた。今日は疲れたのだろう、きっとすぐに眠ってしまう。
生まれてからずっと一緒にいたのだから、おじいちゃんにいくら反論しても無駄なことは分かっている。でも、ドラゴンなんて―――とぐるぐると脳内で考えている間に、憐みの視線がこちらに向かっていることに気がついた。


…大丈夫かい?」
「…まあ、いつものことだから」
「いつものことって…」
「3歳の頃にはナールやニーズルと遊んでいたし、6歳でヒッポグリフやまね妖怪、三頭犬とも会ったかな…。今までにM.O.M.分類 XXXXまでだったら大体は、その…会ったことあると思う」


危険を伴う生物の名前をいくつか挙げると、大体の人は唖然としたり苦笑したり、ただモリーさんだけは憤然として眉を吊り上げた。


「子供をそんな危険な生物に触れさせるなんて!」
「えっ、あ、でも今までそんなに危険な目に遭ったことはないし、こちらから失礼なことをしなければ、基本的には安全だから」
「でも」
「母さん、オーランドは一度口にしたことを曲げることは絶対にしないよ」


チャーリーさんが言うと、周りもなんだか頷いていて、やっぱりおじいちゃんと一緒にいるだけのことはあるなあと思った。
それにこの人たちはドラゴンマスターであって、危険を危険と思わない人たちの集団だもの。一般の魔法使いとは少し、違う。


「あとで報告書のある部屋へ案内するよ。よく読み込んでおくといい」
「ありがとう。お願いします」


そう言って、スープを飲みほした。
とんでもないクリスマスになりそうだ。



(生きて帰れても、多少は怪我をするかもしれないなあ、と思った)


2012.7.14 三笠