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呼吸が荒い。ドシンドシンとドラゴンの足音で地面が揺れる。
あえて殺そうとはしないだろうけれど、どうかな。腕の1、2本は折れるかもしれないな――。そう思うのは楽天的だろうか。
折角のクリスマスだっていうのに、私は泥や草にまみれてドラゴンの住処の近くでぼうっとしていた。


「最低限、生き残ればいいんだろうな」


おじいちゃんの言った「友達になってこい」を実現できるなんて思っていない。山の奥深く、ルーマニア・ロングホーン種を発見したのはいいけれど、金色の長い角が煌いていて、もしも獲物だと認識されたら――と考えるとどうにも落ち着けない。

どうやって接触しよう。

そう考えている時点で人として随分とおかしいんだろう。
おじいちゃんを含めて、母も私も、動物と意思疎通をできる――なんて遺伝的な能力を持っている。蛇と会話できるパーセルマウスもいるけれど、それとは違って、会話よりもテレパシーと呼んだほうが近い。

既にここにきて数時間経っていて、そろそろ日が暮れる。
此処にいるのは危ないだろうな。
なるべく音をたてないようにどこかに洞窟でもないだろうかと思って辺りを探る。

20分ほど歩き、洞窟は見つからなかったが、大きな木があり、その下に腰を下ろす。モリーさんが詰めてくれたサンドイッチを食べながら、明日以降のことを考える。迎えが来るのは明後日だ。
まあどうにかなるかなあ、なんて。目の前に出たところで殺されるだけだ。敵じゃないことをアピールしつつ、どうにか――ええと、友達になれれば。いいんだけど。
そう考えながら、少し眠たくなってきた。
とてもじゃないが熟睡なんてできないけど、少しだけ仮眠を取ろう。
少しだけ、少しだけ。そう思いながら目を閉じた。



次の日、なにか違和感を感じながら目を覚ました。
そこには、ええと――アー…、ヒッポグリフの群れが目の前に、いた。
こちらを見て、ふんふんと匂いを嗅がれているようで、時折毛が皮膚に当たりくすぐったい。


「ごめんなさい、すぐに退くから」


礼儀正しくしなくては、と目の前のヒッポグリフに視線を合わせて言葉を紡いだ。そしてお辞儀をすると、少し時間がかかったが、匂いや私の様子で危険がないと判断してくれたのか、向こうもお辞儀を返してくれた。
そして、そっと触れて意識を集中させる。自分がここにいる理由を伝え、害がないこと、もう少しだけ此処にいていいかを伝えた。

ヒッポグリフは一旦集まり、話し合い(?)をしていたようだけれど、特に追い出そうとはしなかった。私もそこに留まり、朝ごはんを食べることが出来た。

そんなとき、すごく近くでドラゴンの悲鳴が聴こえた。
振りかえると、ドスンドスンと大きな足音を立ててこちらへ近づいてくる。
ヒッポグリフはばらばらと飛び立った。多少こちらを気にしているようで、遠くへ行くことはなく上空からこちらを窺っている。
それよりもどうしよう、どうしてこんなに急に――と考えて、声の主がまだまだ幼いドラゴンであることに気がついた。
視線を巡らせて異変はないかと観察すると、すぐに気付いた。
足を引きずっている。

このまままっすぐ行くと湖がある。そこで冷やすつもりか水を飲むつもりか。私は、刺されないように注意深く距離を調節しながら、ドラゴンへと近づいた。
足を見ると、落石にでも当たったのか、大きく腫れている箇所が見つかった。
すぐに鞄に手を突っ込み、常に持っている薬の中から腫れに効くものを取り出した。
飲んだらすぐに治るけれど、ドラゴンに飲ませるなんてできるんだろうか。
ドラゴンは湖に飛び込み、痛みのせいか暴れ続けていた。


「これ、これを飲んで」


私はちゃぷんちゃぷんと湖の中に入り、手に薬を乗せて差し出した。
ドラゴンは敵と認識したのか、こちらに角を思い切り向けてくるけれど、掠っただけでどうにか避けた。
視線を合わせて、敵じゃない、助けたいだけだと念じるけれども、伝わっているのかわからない。ドラゴンは暴れるばかりで、こちらを見向きもしない。羽ばたきで少し飛ばされて、それでもどうにか薬を飲ませようとして、近づいて角の攻撃を避け、それに掴まり、口に薬を投げ込んだ。
すぐに私は吹き飛ばされて、湖を通り過ぎて地面に倒れ込んだ。
身体は擦り傷だらけだ。ドラゴンを見ると、まだ暴れていたが、そのうち痛みが薄れてきたのだろう、おとなしくなった。
まだ、小さいドラゴンだった。大人のドラゴンの5分の1程度だろうか。

どうにか起き上がってドラゴンを見ると、視線が合った。
ちゃぷんちゃぷんと水がはねる。
痛みが治まって良かった―――
そう伝えようとすると、ドラゴンはこちらへゆっくりと近づいてきた。
動かない方がいいだろうな、と思って
座り込んだままドラゴンを見上げていた。


「もう痛くはない?」


そう訊くが、もちろん返事なんてない。
薬が効いたであろうことは確かだが、それがドラゴンに通じているかはちょとわからない。
ドラゴンはこちらに顔を近づけ、キーキーと声を上げた。


「よかった。もう怪我しないように気を付けてね」


ドラゴンの鼻がくんくんと私の匂いを嗅いだ。
ある程度信用してくれたのか、攻撃することはなく、私も手を伸ばした。
それを振り払うことなく、ドラゴンは私を見ていた。
そして、―――痛くないような力で私を頭からかぶりついた。
あ、もしかしてこれやばいんじゃ、と思った。けど、そのまま翼を広げ、空を飛び始めた。

思わずドラゴンの顎に手を伸ばして思い切り掴む。数分飛んで、ぺっと吐き出されたのは――ドラゴンの巣だった。


「え、えっと…どうも」


これどういうことだろうと思いながら、一番大きなドラゴンに焦点を合わせる。運んできてくれたドラゴンがキーキー声を出して、周りのドラゴンはそれを聴く。
何分経っただろうか。うかつに動くこともできず、正座をして「このまま無事に帰れますように!」と願っていると、目の前のドラゴンが立ちあがった。
そして、何かを問うようにこちらに顔を近づける。私は目をつむって、「敵じゃないよ。あなたたちと仲良くなりたいだけだよ」と念じていると、額にぺたんとなにかが触れた。目を開けると、ドラゴンの額があって、流れ込んでくる感情。言葉にはしにくいけれど、きっとありがとうと言っているのだろう。それを感じてほっとしたまま、私も感情を送る。
暫くそうしていると、触れていた部分が離れた。
そして、背中を向けて羽をはばたかせる。
乗れってことだろうな、と解釈をして、恐る恐る背中に乗って首にしがみついた。
ばっさばっさと何度か羽を上下させ、そのまま、すごい勢いで空へと飛び立った。


「う、わ」


箒で飛ぶよりもずっとずっと早く、空気を切る感覚だ。
ぎゅっと強くしがみついてはいるが、少しでも力を抜いたら風に攫われてしまいそう。
ある程度飛ぶと、少しずつ滑空を始めた。
地面に着いて、その衝撃を殺せずに何度か呼吸を繰り返す。
そして、そっと地面に足をつけた。
すぐそこに、昨日泊まった家があった。なんだなんだと家の中から数人が顔を出す。その中にはチャーリーさんもいた。


「お、送ってくれてありがとう…」


そう言うと、さっきと同じように額に額を当て、感情を送りあう。
また会いに行くね、と送ると、キーキーと声を上げた。
歓迎されないわけではなさそうだ。
そしてすぐに、ドラゴンは巣へと戻って行った。
暫くその姿を見ていたけれど、突然に肩を叩かれてすぐに振り返った。


「ええと…ただいま」


今しがた起こったことを理解しきれていないのは私も同じ。
唖然とした様子の皆さんと一緒に家に戻った。



(友達にはなれなかったと思う。けど、知りあいくらいにはなれたんじゃないかな)

2012.7.14 三笠