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なんて言葉にしたらいいのかわからなかった。それが本心でそれ以上に言いようがなくて、でもなにか言いたくて、表わしたくて。
この感動をどう伝えたらいいんだろう。わかんないうちに身体が勝手に動いて、衝動的に、思わず、ジョージに抱きついて服の裾を握りしめた。
一瞬埋めた顔を上げて口を開く。


「すごかった!なんて言ったらいいかわかんないけど、すごく、その、奇麗で!あんなに奇麗なもの、わたし、他に見たことないと思う!流星群とかオーロラよりもずっと奇麗だったもの!」


呆然としてされるがままになっているジョージを見上げながら、衝動のまま言葉を紡ぐ。
すごかった。奇麗だった。感動した。
そんなありきたりな言葉しか浮かばない自分が嫌になる。
ジョージはあんなに奇麗なものを贈ってくれたのに、私が返せるものなんて全然ないなあって思った。
でもこの感情は、感動は本物で。普段悪戯ばかりしているジョージがあんなに奇麗なものを作れるということにびっくりした。


「あ、あり…がとう」
「それはこっちの台詞だよ!ありがとう、本当に嬉しい!私なんて手袋一つだけだったのに――」
「いや、それは違うよ! 手袋、すごい嬉しかった。貰った日から毎日使ってる」


ほら、とジョージが手を見せてきて、そこに私の作った手袋がかぶさっているのを見てなんだか嬉しくなった。
予想通りちょっとだけ大きく作りすぎたようだったけど、気になるほどではなく、思っていた以上にジョージに合っていて、嬉しくなって笑みがこぼれた。


「使ってくれてるんだ」
「当然。一目で気に入ったんだ。作るの大変じゃなかった?」
「ううん、むしろ楽しかったの。ジョージに合うのは何色かなーって考えながら毛糸を選んだり、模様考えたり。それで今、ちゃんと使ってくれてるのが見られたでしょ? だから、作って良かったなあって、それだけだよ」


そう言ったところで少しだけ冷静になって、ふと気づいた。
近すぎる。
ジョージの体温すらわかるような距離で、目に見えて私はうろたえただろう。
慌てて、ジョージに触れていた手を離すが、動揺して視線をあっちこっち彷徨った。


「あ、ご、ごめん、あの、」
「えっ、いや全然そんな、あ、あの、さ」
「な、なに」
「えと…、って、その、あんまり家族ともハグとかキスとかしない人、なのかなって、お、思って」


視線をそらしながら、ジョージはそう訊いた。
そういえばと振り返ってみるが、確かにそうだ。
おじいちゃんとも他の親戚(と言っても殆ど生き残っていないのだけど)とも、あまり触れることはない。


「血筋的には、東の生まれなんだろ? 向こうの人はあんまり感情表現をしないってって聞いたことあって。そういえばも、自分からハグしてるとこ見たことないかな…って」
「あ、ええと、お父さんがアジア出身なの。お母さんの方は、生粋かどうかは知らないけどイギリス人だよ。昔はちょっと大きな家だったって聞いたかな。家には屋敷しもべ妖精もいるし、古くから繋がりがある魔法生物はたくさんいるって聞いたことある」


世界各地にお前を助けてくれる魔法生物はたくさんいるんだよ。
それは信頼なんだ。助けるに値するって思ってもらえているんだ。だから謙虚に生きなさい。感謝を忘れてはいけないよ。受けた恩には必ず報いなさい。
おじいちゃんに昔っからよく言われていたっけ。


「でも、おじいちゃんはよく仕事で出かけちゃうし、両親は、その、2歳のときにはいなかったし、どっちかって言うと人間よりも猫とかフクロウとかナールとかと遊んでた気がするなあ」
「えっ、ナール?」
「うん、ナールだよ。たまにヒッポグリフも遊びに来てくれたなあ。ちゃんとお辞儀してね、ぶつかっちゃったり引っ張っちゃったりしたときは、ごーめんなーさい、って頭下げてね。最初の頃はやっぱり敬意を示すってことができてなくて、蹴られて腕折ったりして、治療よりも先におじいちゃんに引っぱたかれて、泣きながらヒッポグリフに謝りに行ったこともあるなあ」
「えと…それはちなみに何歳くらいのとき?」
「んー…と、6歳くらい?」


唖然とした様子のジョージを見て、くすくすと笑う。
そうだよね、それが普通だよね。
私は魔法生物飼育学の授業で、みんなあんまり魔法生物と関わってないんだなあなんて驚いたけれど。たぶん、一般的には私は異常だと思う。


「ホグワーツに来るまで、同世代の友達のいなかったし、そもそも親もいないしね。だから、あんまり得意じゃないんだと思う。その、感情表現とか…ボディタッチとか。…ハグもキスも魔法生物とだったらできるんだけどなあ」
「…君本当に人間だよね?」


実は動物もどきだったりしない?
からかい口調でそんなことを言うものだから、笑いながら横に首を振った。
それも楽しいかもしれないけれど、残念ながら違うなあ。
一瞬間が空いて、今度はジョージが家のことを話し始めた。


「僕は兄が4人に弟1人、それに妹も1人いる。まあその分貧乏だけどね。だからじゃないけど、比較的人と触れ合うのは、その、得意…かな」
「いつもみんなを面白がらせてるんだもの。大得意だと思うわ」
「そのみんなの中に君はいる?」
「ジョージと一緒にいるのは楽しいし面白いよ」


本心からそう言った。そして心の中では、嬉しいし舞い上がってるし平静を保つのに必死なくらいだよ、と付け足した。
実際には保てていないときも多々あるけど。


「ジョージはどうなの?」
「僕? 楽しくなかったら、フレッドと悪戯してると思わない?」


楽しいよ、すっごく。
そう言って、先ほどまで座っていた丸太に座りなおした。私も隣に座る。


「私たちって、2年間ほとんど喋ったことなかったもんね。…というか、存在すら認識されてないと思ってた」
「いや、存在は知ってた。名前と顔は一致してたし。ただなんていうか――、たぶん一生関わらない人種だろうなって思ってた」
「あ、私も同じ。多分一回も話さないまま卒業して、なんとなくいたなあって人になっちゃうんだろうなって思ってた。それなのに落し物を拾って、“あの”ウィーズリーに話しかけないといけなくなって、すごく必死だったの」
「あ、最初に話したとき? 確かに、声震えてたし視線おぼつかないし、なにかと思った」
「え、だ、だって、私にとっては、ほんと、違う世界の人間だったんだもの…っ」


そんなに情けない感じだった?と聞くと、ジョージははにかんで頷いた。
うわあ、うわあ…、記憶から抹消してほしい。でも、あの日があったから、今こうやって傍にいられるんだなあって思うと、消してほしいようなほしくないような、複雑な気持ちだ。


「違う世界のまま終わんなくて良かったな」
「…うん」


会えて良かったとかこれからも一緒にいたいとか、いろいろと言いたいことはあったけれど、なにも言わなかった。言わないでいいと思った。



(通じ合ってるような合ってないような。そんな微妙な距離感が心地よい)

2012.7.17 三笠