放課後になって、ハグリッドの小屋を訪ねた。 ドラゴンがいなくなった部屋で、大型ボアハウンド犬はぬくぬくとまるくなって眠っている。 出してもらったお茶に少し口をつけた。 「じゃあ、チャーリーさんに引き取ってもらったんですね」 「ああ…ノーバートが無事に向こうに着いたならいいんだが」 「大丈夫ですよ。私、クリスマスにドラゴン使いの皆さんと一緒に過ごしたんですけど、とっても頼りになる人たちでした」 おじいちゃんもいるし、と付け加えると、それは心強い、とハグリッドは呟いた。 「あの、卵はどなたにもらったんですか?」 「さあな」 「えっ、さあなって…」 知らない人から、ドラゴンの卵なんて危険なものをもらったんですか。そう私が考えたのは通じたようだが、ハグリッドはなにひとつおかしなことなんてないとでも言うように、すらすらと言葉を紡いだ。 「ホッグズ・ヘッドなんてとこにゃ、おかしなやつがウヨウヨしてる。フードをすっぽり被ってて顔も見んかったよ」 「ええ…? そんな人と話したんですか…? ドラゴンのことを? もしかして酔っ払ってました?」 「ああ…まあ、ちょっぴりな。そいつはドラゴンを飼うのは大変だって言ってたが、俺はフラッフィーに比べたらドラゴンなんざ楽なもんだって言ってやった」 「フラッフィー?」 「三頭犬のことだ。ああ、お前さんは知らんかったか」 ふるふると首を横に振る。犬は、すぐそこに眠っている真っ黒な大型ボアハウンド犬しかいないと思っていた。 しかも、三頭犬なんて、見たことすらない。 「ちなみに、その三頭犬は今どこに?」 「ここにはおらん。今はダンブルドア先生にお貸ししてる」 「ダンブルドア先生に? もしかしてホグワーツ内にいるんですか? それとも、どこか遠くの場所にいるんですか?」 「ホグワーツ内さ。まあ、一般の生徒は近づいちゃならん部屋にいる。いいか、探すんじゃねえぞ。もし探して不用意に近づいたら…ぱっくり逝っちまうかもしれんからな」 それは喰われてしまうということか。そんなに凶暴な犬がホグワーツ内にいるのに生徒がなにも知らないということがありえるのだろうか。 そう思って、いそうな場所を思い浮かべる。 「ホグワーツ内って…、生徒がまったく近づいちゃいけないのなら、禁じられた森か、4階の右側の廊下しか…」 はっとハグリッドは驚いた顔をした。 すぐに立ち上がって、私の背中を押す。出て行くように、とのことだろう。その勢いのままに立ち上がって、ドアの方へと歩いた。 「いかん、話しすぎた。このことはなにも考えたらいかんぞ。誰かに話すのもだめだ。早く城に帰ってすぐ忘れっちまえ―――」 「あ、あの、ハグリッド…でも、」 私の言葉も空しく、目の前でばたんとドアが閉じられた。 きっと、なにか言ってはいけないことが含まれていたのだろう。三頭犬がどうしてダンブルドア先生に貸し出されたのか、それさえわかればすべて分かるような気がする。 そう考えながら、城へと歩きだす、と。 森の方から、きらきら輝く銀色の塊がこちらに近づいているのがわかった。 一角獣はぐんぐん近くへ来て、そして私の目の前で止まった。 くるくると私の周りを回り、そしてローブの裾を引っ張った。 とてもとても美しいその姿に、私は何度見ても魅了されてきたけど、でもこのとき私は一角獣の足についた血に目を奪われた。 「怪我をしているの…? …いや、違うか、あなたの血じゃないみたいだけど」 一角獣に視線を合わせるために屈んで、額と額をくっつける。 真っ暗な映像が流れ込んできた。暗い森の中で、真っ黒のローブを着た人が一角獣に攻撃を仕掛けた―「ディフィンド!裂けよ!」―皮膚が裂け、血がどっと流れる――けど、他の一角獣に支えられ、長い脚で必死で逃げだした――真っ黒のローブの人が流れ落ちた血に舌を這わす―― それと同時に恐怖の感覚が流れ込む。一角獣が私の肩に顔をうずめた。 「こわかったね…。あなたの仲間は、今どこに―――?」 伝わった映像だと、生きて逃げる事には成功したようだけど、まだ生きているかどうかは分からない。 どうやら乗れと言っている一角獣だが、行先はどう考えても森の中だ。しかも、もう日が暮れる。一度先生に相談した方がいいだろう。 「ちょっと待ってもらっても…」 そう言ったところで、どすん、とお腹に衝撃が走った。 その衝撃で前に倒れそうになって、一角獣の背中にもたれかかる。そしてそのまま、宙に、浮いた。 「え」 落ちないようにと、必死で一角獣の背中に、首にしがみつく。 ああだめだだめだ、この浮遊感、苦手だ。驚くべき速さで森の方へ飛んで行くのがわかる。これ、ばれたら罰則だろうな…。そう思うけど、こんなの不可抗力だ。最近はやたらと空を飛ぶ機会は多いけど、こんなに不安定な状態で飛ぶのは、生まれて初めてだった。 「おい!た、大変だ!ユニコーンが生徒を…」 かすかに聞こえたのはハグリッドの声。きっと、私が城へ帰るのを小屋の中から確認しようとしたのだろう。 その声すら、ばさばさと羽ばたく音で聞こえなくなった。 2012.7.27 三笠 |