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夕食を食べた後、ふと思い浮かんで寮を出て城内を歩いていた。
森を見られる窓を探して眺めてみるが、特に異常があるようには見えない。
鳥とかネズミとか、動物がいれば分かるのにな、と思って窓を開けてみると、近くの森にとまっていたのだろう、一羽の鳥が近付いてきた。

チュンチュン、とその鳥が廊下のずっと先に何かあるような仕草をするから、私はその鳥はそのままに、前に進んだ。


「ええ…ええ…今夜実行いたします…ええわが君…もちろんでございます。本日こそは必ず…」


この声はクィレル先生かな、と考えながら、こっそり曲がり角の先を覗く。
暗い廊下のずっと先の方に先生は見つかった。
いつも被っているターバンは見当たらず、一人でなにやらぶつぶつと呟いている。ターバンを外したその後頭部に傷…いや、あれは…顔?
でもそれを確認するより早く、クィレル先生は振り返って杖を向けた。


「ディフィンド!裂けよ!」


私はその呪文を避けることで精いっぱいだった。
扉を閉めて、「闇の魔術に対する防衛術」の部屋を抜け出そうと走る。手探りでポケットの中の杖を取り出して、呪文を脳内で何度も繰り返す。


「ディフィンド!」


クィレル先生の呪文が足を掠める。その衝撃で思い切り転んで、それでもすぐに身体を起こしてクィレル先生の姿を視界に捉えた。
足からはどくどくと血が流れていた。


「その姿は…、そこに、いるのは…」
「小娘が…なんて運が悪い…今夜此処に来なければ無事に家に帰れたものの…」


クィレル先生がこちらを見ている限り、クィレル先生の後頭部に寄生しているような、あの顔を見ることはない。
けれど、あのおぞましい姿、声、なによりこの空気が恐怖を私に植え付けていく。


「まさか、『例のあの人』ですか…? ハロウィンのトロール騒ぎも、ポッターの箒がクィディッチ中におかしくなったのも、一角獣が怪我をしたのも、全部…」
「そうだ、すべて私がやった…。まあ、君が目覚める頃にはすべて終わっている…暫く失神しているがいい…ステューピファイ!」
「インペディメンタ!」


クィレル先生の呪文に合わせて、妨害魔法をかける。
そのおかげでどうにかクィレル先生の失神魔法は私を逸れて、私は痛む足を引きずって立ち上がろうとした、が。


「ステューピファイ!」


ビリっと体中に電流が走るような、そんな感覚が一瞬だけ突き抜けて、そして私の意識は暗闇へと落ちて行った。




2012.7.28 三笠