64


目を覚ました時は、真っ白な部屋。
医務室だと気づいたのは、何度か瞬きを繰り返したあとのこと。
すぐ隣にはキラキラとした瞳をこちらに向ける、ダンブルドア先生。


「おお…、気分はどうかな」
「ダンブルドア先生…。気分は、大丈夫です…、あの、クィレル先生は…」
「ふむ。今年の夏休みもまた、闇の魔術に対する防衛術の先生を探さなければならなくなった」


杖をしまうのを見て、きっと私はダンブルドア先生の「エネルベート、活きよ」の回復術で目覚めたんだろうと思った。
上半身を起こして辺りを見渡すと、窓の外が暗いことに気がついた。


「じゃあ、クィレル先生はいなくなったんですか…? あの、私、クィレル先生のターバンの下に、」
「ヴォルデモートが隠れておった」


ひ、と思わず声が上ずった。例のあの人の名前を聞くと震えてしまうのは、今ではどの魔法使いも同じだ。
失神する前の記憶が鮮明に思い浮かぶ。杖を向けられた瞬間、死ぬと思った。失神で済んだのは運が良かった。


「先ほど、ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの3人がクィレル…いや、ヴォルデモートの野望を打ち破ったところでな。ヴォルデモートはまた以前までと変わらぬ、死の淵でなんとか留まっているような儚い状態に戻るであろう…」
「では、まだ例のあの人は生き延びているのですね…?」
「おお、そうじゃ。まだ生きておる。生きて、復活の機会を窺っているはずじゃ」


ダンブルドア先生は、手を膝の上で組んで、少しばかり目を閉じてなにかを考えているようだった。


「あの、ダンブルドア先生…。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。…それと、回復術をかけてくださり、ありがとうございました」


そう言って頭を下げると、ダンブルドア先生は驚いたように目を見開いた。


「そうしていると、お母上にそっくりじゃな…、ミス・。彼女はとても勤勉で何事にも熱心で、そしていつも礼儀正しかった。そしてミスター・カンナギ、君のお父上はいつでも正しく勇敢で、よく揉め事に首を突っ込んでは痛い目を見ておった。その怪我をお母上がよく治しておって、在学中から二人は必ず幸せになると誰もが思っておった」
「…幸せだったと思います。家には今でも両親の写真がたくさん飾ってありますが、どれも仲が良さそうで、笑顔です」
「おお、そうじゃそうじゃ。確かに二人は幸せじゃったろう。君のような、両親の素質を受け継いだ子供も生まれた。しかし、君の成長を見る前に旅立ってしまった」


すべてはヴォルデモートとの戦いで失われてしまった。
そう、ダンブルドア先生は続けた。
母と父の話は、ほとんど聞いたことがなかった。興味はあったけれど、なんだか聞いてはいけない話のようで、自分から誰かに聞くことは一度もなかった。


「君も、動物の意思がわかるんじゃったな」
「はい。額と額をくっつければ、短い映像を伝えあうこともできます」
「フム、結構結構。お母上の力をしっかりと受け継いでおるようじゃ」


何度か頷くしぐさを見せて、そしてダンブルドア先生は、今までの優しげな瞳から、鋭い瞳へと変えた。


「もしもヴォルデモートの力が強大になり、また戦争が起きるようなことがあれば――、君の力を借りることになると思う」


一瞬で、背筋が伸びるような、緊張感が走った。
戦争に参加する、それがどんなことか、今なら分かる。
クィレル先生と向かい合ったとき、自分がどれだけ無力か分かった。自分にどれだけ知識が足りないか、魔力が、運動能力が、勇気が、足りないか、わかった。


「君の両親は、その戦争で命を落とした。拒否はできる。そもそも、起きるかどうかすらわからないことじゃ。でも、できるなら、その可能性について考えておいてほしい。君の力があれば、魔法生物たちを味方にできる。それは大きな戦力じゃ」


考えてほしい。それだけ言って、ダンブルドア先生は部屋から出て行った。
代わりにマダム・ポンフリーが来て、私は魔法睡眠薬を少しだけ飲んで、すぐに眠った。


(例のあの人が生きているなんて、すべて夢だったらよかったのに。そう思うけれど、これはまぎれもなく現実でした)


2012.7.28 三笠