坂を少し歩いて、森の奥へと入っていく。 前を歩くジョージも私も箒をもっている。これに乗ることを考えるとどうも気落ちするけど、どう考えても乗れたほうが楽しいし、今後のことを考えたら乗れないと不便だし、と思い込ませてどうにか自分を奮い立たせる。 「とりあえず一度乗ってみる? どのくらい乗れるのか見たいし」 「え!? い、今すぐ?」 「今すぐ。…もしかして、授業以外で乗ったことない?」 うん、と頷くと、ジョージは笑った。 握った箒を見てみるけど、相変わらず意思疎通ができそうな気はしない。以前振り落とされそうになったことはきっとお互いに覚えていて、暫く触ることすらしなかった私と箒の溝は以前よりずっと広がっているであろう。 「落ちそうになったらちゃんと助けるから、もっと安心してくれていいよ」 「う…あ、あの、その前に、ちょっと訊いてもいい?」 「ん?なに?」 「私が、その、医務室にいたとき、のことなんだけど、」 ジョージの顔から余裕が消えた、気がした。 このままでは集中できないことは目に見えていて、だからこそ乗る前に聞いておこうと思っていた。 あの時は、以前抱き寄せられたときよりもずっとずっと空気があまくて、ゆっくりで。なんであのとき動けなかったんだろう、と考えると心臓がぎゅっと縮こまってしまう。 「あのとき、なんで、その、き、キス、しようとした、の?」 静かな森だから、きっと聴こえただろう。 呟くような、掠れた声しか出てこなかった。 キスは、恋人同士がするものだと思っていた。だから、ジョージとそういう雰囲気になったときは、すごく、びっくりした。 でも、同時に、すごく、したいって、思った。 あのとき動けなかったのは、私が、ジョージとキスしたかったから。 「…………わかんないんだ」 「え」 「何度考えたってわかんないんだよ。身体が勝手に動いて、気づいたら、の唇にしか目がいかなくなってた」 嫌だった?とジョージは聞いた。 私が横に首を振ると、良かった、と笑った。 「キスって、恋人同士がするものだと思ってた」 「僕だってそう思ってるよ。もしくは家族かな」 「私ね、」 「ん?」 このまま流れてしまいそうな空気になって、言おうかやめようか少し迷って。 ジョージを見上げると、首をかしげてこちらを見ていた。 「初めてだったの」 「え、」 「キスしそうになるのも、したくなるのも。ジョージといると、自分の知らない感情ばっかりで、びっくりしちゃう」 すき。と呟いた。 呆けたようなジョージの顔。みるみる赤く染まって、大きな手で口元を覆った。 私も恥ずかしくて恥ずかしくて、でも目をそらしたくなくて、ありったけの勇気を総動員してジョージを見上げた。 「すきなの」 「…」 「ジョージが、好き」 へらっと笑って、それから、つい居たたまれなくなって、背を向けた。 言っちゃった。後悔はないけど、でも、「僕はそうじゃない」って言われることが怖くなって、深く呼吸した。 ジョージはまだ黙っている。これは断られるんだろうなって思って、私は泣きそうになるのをこらえて必死で口を開いた。 「ごめんね、急に変なこと言って。迷惑だよね。箒の乗り方とか、そういうの、全部口実だったの。ジョージに会いたかっただけなの。だから、もう、その、帰るね。ごめん、時間無駄にさせちゃって」 一歩歩き出そうとしたところで、右肩をつかまれて、引き寄せられて抱きしめられた。 ジョージの胸に顔を押し付けられて、その心臓の音がやけに早くてびっくりした。 「ジョー、ジ?」 「帰んないで。まだ僕はなにも言ってない」 抱きしめていた腕の力が緩む。 顔を上げてジョージを見ると、その顔は真っ赤に染まっていた。 「好きだ」 その言葉が耳に入って、理解しきるまで少し時間がかかった。 泣きそうだった私の顔が、ぼっと赤く火照って、そしてやっぱり涙が溢れそうになった。 「う、そ」 「は!? いやちょっと待ってよ。こんなときに嘘なんかつかないって」 「そ、そうじゃなくって!だって、な、なんで…」 もうぐしゃぐしゃだった。結局私は泣いてしまって、ぼろぼろ涙が零れてきた。急いで手で擦るけど、どんどん溢れて来て意味がない。 それを見て呆れたのか、ジョージがまた私の後頭部に手を伸ばして、自分の胸に抱き寄せた。それを皮切りに、私はもう自分の感情を抑えられなくなって、子供みたいに泣きじゃくった。 ジョージはずっと、私の背中をさすっていてくれた。 「好きだよ、本当に。たぶん、君が僕のことを好きになるより、僕の方が早かったと思う。初めて話したときに、もう好きになってた」 時折しゃくりあげて泣き続ける私は話す必要がないように、ぽつりぽつりとジョージは話してくれた。 「散々フレッドにからかわれてさ。多分、リーにも気づかれてたな。恋愛なんか興味無かったし、フレッドと一緒に悪戯してたほうがよっぽどいいと思ってたのに、まさかこんなに君に狂わされるとは思ってなかった。ハロウィンもホグズミードも、クィディッチも。君がいたから、楽しかったし、緊張したし、頑張れたんだと思う」 涙が止まって、私はもたれかかっていた身体を少しだけ離した。 それに気づいたジョージが、背中を擦っていた手で頭を撫でる。 暖かくて大きくて、優しい手のひらが、ひどくひどくいとおしかった。 「…じゃあ、もう、恋人?」 だいぶ遅れたような私の言葉に、ジョージはくすりと笑った。 「君が許してくれるなら」 ふっと私は吹き出して、先ほどまでの涙が嘘みたいに、思い切り笑った。 (だいすき。そう伝えたら、僕もだよ、と返ってくる。ずっとこのまま一緒にいたいって、今が一番幸せだって、そう思った) 2012.7.29 三笠 |