カタツムリを借りて、変身術の教室に入る。この時間ではさすがに誰もいなくて、適当な席に座った。ジョージも隣に座って、なんだか不思議な感覚。普段、授業の時は別々に座るから、なんだか少し緊張する。 「さて、じゃあ始める前に相談なんだけど、」 「なに?」 「この宿題で、俺と勝負しない? 先にカタツムリを全部消失させたほうの勝ち。負けたほうは、……相手にキスする、とかどう?」 「そ、それ、ジョージはなんにも損してない気がするんだけど」 ジョージからのキスは何の変哲もない、いつも通り(緊張はするけど!)。私からジョージにキスするのは、とてもとても珍しいこと。まだ数えるほどしか自分からキスできてない。 「君も損はしてないと思うけど?」 「そ、え? いやでもあの、わたしが一方的に恥ずかしいだけっていうか、あの」 「ーー? そろそろ君からもキスする日が増えてもいいんじゃないかと思うんだよな、俺」 「う、うう、善処します……」 「ま、無理はしなくていいけど、そのうちな」 じゃあスタート、と言って杖を構えた。わたしも一度深呼吸をしてから杖を構える。魔法はイメージが大事。杖の振り方、呪文の唱え方。散々シリウスさんに怒られたことを思い出しつつやろう。 「エバネスコ、消えよ」 カタツムリの大部分は消えたものの、やはりどうしても殻が少し残る。反対呪文の「アパレシウム、現れよ」の呪文を使って元に戻し、もう一度消失呪文を行う。んん、、、難しい。隣からも、何度か苦戦しているような声が聞こえている。エバネスコ、エバネスコ……、もはや夢に出てきそうなくらい、繰り返した。 何十回目だろうというほど繰り返して、ようやく、カタツムリが全部消えた。 「あっ、」 「え、、成功した?」 目の前にはカタツムリの欠片すらも見えない。完全に消失できた。ようやく出来た達成感。それにーー、ジョージよりも先に消失呪文を成功させたこともうれしい。 「うん、消失できたみたい!」 「うわ、嘘だろ。絶対 より先に成功させるつもりだったのに」 見てよコレ、と言われて見ると、あとほんの少し残った殻。やはりお互いに殻を消失させるのに苦戦してたみたい。ジョージはすごく悔しがっていて、手を頭に当てて、天を仰いでいた。 「はーー、なかなか上手くいかねーな」 「ジョージもあと少しだし、もうちょっとやってく?」 「んーー。やっていきたいけど、そろそろ戻ったほうがいいかもしれない時間だよな」 「あ、うそ、もうそんな時間?」 時計を見ると、21時を回るところだった。シャワーを浴びる時間を考えると確かにもうあまり時間がない。遅い時間だと、先生方の見回りもあるし。そろそろ寮に戻ったほうがいいのかもしれない。 じゃあ戻ろうか、と言おうとしたところで、するりと腰にジョージの手が回って、引き寄せられる。自然な動きで、顔が近づく。 「えっ、な、なに」 「勝負の賞品。負けたほうが勝ったほうにキスするって、忘れちゃった?」 「あ、」 「はい、口も目も閉じてーー」 促されるまま、目と口を閉じる。近づいてくるジョージの気配がして、躊躇いもなく唇が重なった。何度か軽く触れて離れてを繰り返して、ゆっくりと離れる。少しは慣れたような、慣れないような。感触も、少し離れたときにわかる熱い吐息も、なにもかもが甘ったるくて、どきどきしてしまう。 なんとなく、物足りないな、と思ったのは、絶対に口に出せない。秘密だ。 「はーー、やっぱり学校だとあんまりゆっくりできないな」 「え、え、どういう意味?」 「すぐわかるよ。さ、片付けしよ」 ジョージは腰を上げて、カタツムリを2匹、籠に入れた。私は机に置いていた紅茶のボトルとカップを鞄にしまおうと手を伸ばす。 そのとき、教室のドアが開いて、マクゴナガル先生が入ってきた。 「おや、ミスター・ウィーズリー。それにミス・。この部屋でなにをしてらっしゃるのですか?」 「今日の授業の復習をしていました。消失呪文の」 「結構。成果は出ましたか?」 「は成功。残念ながら俺は完全消失には届きませんでした、っと」 「すごく惜しかったんです。でもそろそろ寮に戻らないといけない時間なので切り上げようかと思いまして」 マクゴナガル先生は私とジョージを一瞥し、満足そうに頷いた。少し時間がずれたら、危ないところだった。先ほどまでの距離はあまりに近すぎて、先生に見られでもしたら、罰則間違いなしだ。ほかの人に見られるのは恥ずかしいというのも、ある。 「よろしい。真面目に取り組んでいるようで感心です」 「ありがとうございます。では、私たちはこれで」 「ミス・。今年あなたを監督生に任命した理由は手紙に書いた通りです。良い影響を与えているようで、僥倖ですわ」 にこりと笑うマクゴナガル先生は、満足そうだった。監督生バッチと一緒に届いた羊皮紙には、ウィーズリー兄弟の抑え役になることを期待していると一筆書かれていた。ただ申し訳ないけれど、宿題を一緒にやるくらいのことはできても普段の行動はなにひとつ制限できる気はしない。 「おやすみなさい、マクゴナガル先生」 「おやすみなさい。二人とも寄り道せずに寮へ戻るんですよ」 「何もなければ直帰しますよ。マクゴナガル先生。おやすみなさい、良い夢を」 鞄を手に持ち、ジョージと二人で教室を出る。廊下には誰もいない。廊下の向こう側にゴーストが通り過ぎるのを見かけたくらいで、あまりに静か。 私に合わせたゆっくりとした歩幅のジョージの隣に並び、寮に向かった。 2020.06.17 三笠 |