ちらり、とこちらを見る上からの視線に気が付いた。そちらに顔を向けると目が合う。 「もうちょっと後で来てくれたら、ゆっくりできたのにな」 「えっ、あ、そうね」 「なに、名残惜しくはなかった?」 「そういうわけじゃなくって、」 変身術の教室で少し早めにキスを切り上げたのは、マクゴナガル先生が来るのがわかったからだろう。名残惜しいとは、思った。思ってる。けれど、なぜ気づいたんだろう。廊下の足音は、教室まで響いていなかったのに。 手を伸ばして、ジョージの手に触れた。まだ暑いこの時期、ジョージはワイシャツ一枚で袖まくりをしている。腕に触ってみたい気持ちもあったけど、手に手を重ねた。私より大きい手が、瞬時に握り返してくれる。 「ねえ、どうしてマクゴナガル先生が来るってわかったの?」 「ん、アーー、そうだな。君には言ってもいいかもな。でも、また今度にして。俺たちの成功の秘訣を教えるかどうかは、フレッドにも相談したほうがいいから」 「? 秘訣?」 「そう。でも、あくまで君が俺たちのことを見逃してくれる前提でしか話さないよ」 秘訣って何だろう。時々ジョージとフレッドは、通常のホグワーツの学生よりずっとずっとこの城に詳しいと思うことがある。何処からか大量の食事や飲み物を調達してきたり、居場所を伝えずに外に出たのに突き止められたり。思い当たる節はいくらでもある。 ただ、別に犯罪を犯しているわけではないだろうし、少しの悪戯くらいで今更どうこう言うつもりはない。 「それでいいよ。わたしはあなた達がどんな悪戯をしようと、止めるつもりはあまりないから」 「君は監督生なのにかい?」 「監督生になる前に、あなたの恋人になったつもりだけど」 「……っはは、そうだった。俺のが先だ」 繋いだ手が絡まって、恋人つなぎになった。ジョージの手はごつごつとしていて、固くて、私の手とは触り心地が違う。他の男子の手なんて触ったことないけど、わたしはこの手がすき、だとおもう。 「でも、あんまりにも度を越したら止めるからね」 「どうやって? 罰則を与える? 先生に言う?」 「え、えーーと、」 完全に面白がってる。ジョージはにやにやと笑みを浮かべながらこちらを窺っている。止める方法なんて考えてなかった。ジョージやフレッドの嫌がることなんてあまり考えたことがなかった。 「あ、そうだ。チャーリーさんに手紙書こう」 「え? なんでチャーリー?」 「去年ジニーが教えてくれたんだけど、チャーリーさんとあともう一人のお兄さんはジョージのことからかいたくてうずうずしてるって」 「ちょっと待って。アーー、忘れてるかもしれないんだけどさ」 「うん?」 ジョージは繋いでないほうの手で頭を抱えた。そしてちらりとこちらを横目で見た。なんだろう。なにか変なこと言った? 「チャーリーとビルがからかいたいのは、君とのことだよ」 「……うん?」 「だからさ、チャーリーになにか口を滑らすと、からかわれる対象は俺だけじゃなくて君もだってこと!」 「えっ、」 驚いて声を上げてしまった。私の中でのチャーリーさんは、クリスマス休暇の時に出会った、お仕事中の姿。それと夏休みに会った時の自宅でのんびりしている姿。でも、どちらもお客さんとして扱ってくれたから、頼れるお兄さんなんだなあ、という印象が強い。 「……わたしも対象になる?」 「なる。ていうか夏休み会ったとき、散々からかいに来ただろ。さすがにまだ遠慮があるみたいだけど、あともう数回会ってある程度仲良くなったら、チャーリーはジニーに接するのと同じように君と接すると思うよ」 「えっ、うそ」 「ホント。何度でも言うけど、俺とフレッドの兄貴なんだからさ。弱みを見せたら一生からかわれると思っといたほうがいいよ。あーー、でもはいつも隙だらけだもんな……無理だな……無理か……」 なるべく無反応で通して、からかっても面白くない対象になるのが一番被害がないんだよなあ、とジョージはぶつぶつと呟いていた。今ホグワーツにいる兄弟は、パーシーさんとロンとジニー。ジョージ達が頭が上がらないような長男次男の2人は既に卒業しているから、ジョージの弱みを握っている人なんてどこにもいない。だからこういう姿を見るのはとても珍しくて、新鮮。普段見ないような顔を見られるのはとてもうれしい。 それに、チャーリーさんがジニー……つまり実の妹のように私にも接してくれるかもしれないというのは、私にとってはうれしいことだ(ジョージにとっては嫌なのかもしれないけど)。ジョージの家族になったみたい、と思うのは、口には出せないけれど、つい考えてしまう。 「……なに笑ってんの?」 「え? ……うーん、ジョージの家族と仲良くなれるのはうれしいなって思って」 「そう? まあこのまま付き合い続けたらいずれ家族になるかもしれないし、仲はいいほうがいいんじゃないの」 「えっ」 「え?」 声に出せず口の形だけで、かぞく?と復唱したら、家族、と返された。ひえ、なにそれ。そんな現実的なことを言うなんて。ああそういえば前にフレッドも「なら妹にしてもいいと思ってる」と言ってたことがあった。結婚を意識してるみたいな、そういう台詞はさすがに、さすがに正面切って受け止めきれない。 「まさかは俺との付き合いは学生の間だけだって考えてる?」 「や、そんなまさか、でもあの、なんていうか、まだ現実味がないっていうか、あの、その」 「俺はとはずっと続けてくつもりだったんだけど、そーか、は俺のことなんて学生の間の暇つぶし程度にしか考えてなかったんだ? へえ?」 完全にからかうモードに入ったジョージは、悲しいなあなんて芝居がかった発言をする。そういうわけじゃないっていうのは当然分かった上でこういう発言をするんだから、困った人、だと思う。嫌じゃないけど。 「そんなことないってば! 私だって、その、ずっと一緒にいたいって、その、思ってる、よ」 「じゃあ、結婚意識したことある?」 「な、ない」 「おっと、ないんだ?」 「え、あるの?」 結婚なんて、遥か彼方のイメージだ。自分がするイメージはあまり持てない。いつかジョージとそうなれたらいいなとは思わないでもないけど、普段からそう思ってるかと言われると、NOだ。今一緒にいるだけで大満足、先のことを考える余裕がない。 それなのに、ジョージは大して考えるでもなく、ある、と言った。 「俺はあるけど」 「え? どんなときに?」 「どんなとき? え? ちょっと待って考える」 うーん、と考えているのを思わずじっくり見てしまった。だって、わたしたちまだ学生で、15歳で。成人まであと2年程度だけど、早々に結婚するつもりもなく。それなのに、もう考えているというのはなんだか意外だ。ジョージが考えている将来っていうのは、悪戯専門店を開きたいってことくらいだと思ってた。 ジョージは少しの時間悩んでいたと思ったら、思いついたように「あ」と呟いた。 「……我慢してるときかな」 「我慢?」 「ああ、うん。邪魔が入ったときとか、二人で一緒に暮らして一緒の部屋で過ごしてたらいくらでも好きにできるのにって思う」 「はー……、なるほど」 「……ん?」 確かにそうだ。部屋に人がいると、あんまりいちゃいちゃできない。ホグワーツ内では、人前でハグやキスをしている人も多くいるようだけれど、わたしは人前でそういうのはしたくないタイプの人間だ。人が来るかもしれない部屋だと注意力は散漫になるし、あんまり長くくっついているのは気が引けてしまう。それを考えると、一緒に暮らすようになったら集中できる。邪魔が入らない。確かにそれはいいことかもしれない。 「考えもしなかった……。確かにそうかも」 「……?」 「ねえ、次のクリスマス休暇、1日くらいはうちに泊まりに来てみる? おじいちゃん、多分今年もギリギリまで外国にいると思うから、邪魔が入らない日もあると思うの」 「それはーー、まあ、そうかもだけど」 今年のクリスマス休暇は何日間あるんだっけ。クリスマス当日は家族と過ごすだろうけれど、その前後の数日間は比較的自由にしている家も多い。ジョージは家に帰ったり帰らなかったりしているようだから、ウィーズリー家はクリスマスだからといって家族全員集まる必要があるわけでもないのだろう。寮ではみんながいて、二人きりの時間は実はほとんどない。あったらいいなと思うくらい当然だろう。 「ね、夏休みはあんまり遊べなかったし、予定はどう?」 「あーー、、一応聞いておくけど、どこまでしていいの」 「どこまで?」 「いやあの、二人きりの家で泊まりになったらさ、ハグとかキスとかで済むかわからないっていうか、」 口ごもりながら、ジョージはそんなことを言った。ああそういえば、時々感じてた。違和感。 「……前から聞きたかったんだけど、」 「なに?」 「キス以上って、ジョージはなにをしたいの?」 は?とジョージが驚いたようにそう言って。立ち止まって。頭を抱えてしまった。なにかまずいことを言ったみたい。そんなに当たり前な次にやるべきことがあったんだろうか、と思考を巡らす。でも、私の中にはやはり明確な答えがなく。なにか口にできることはないかと考えた。 2020.06.17 三笠 (……膝枕?とか?) (いや……、それもしてほしいけど、アーー、まあいいや。そのうち……成人するまでには) (???) |