06
 薬草学の授業への移動中、肩をたたかれた。少し久しぶりに話す、セドリックがそこにいた。


「やあ、久しぶり」
「あっ、セドリック。先学期ぶりかな、久しぶり」
「ああ。ちょっといいことがあってさ。君に聞いてもらいたくて」


 そう言うセドリックは、確かにとてもいいことがあったようで、普段よりも高揚しているみたいだ。思わず笑みがあふれてしまうくらい、嬉しそうな様子が伝わってくる。


「実は僕、クィディッチチームのキャプテンに選ばれたんだ。シーカーと兼任さ」
「えっ、そうなの!? おめでとう!」
「ありがとう。……すごくうれしいよ」


 頬をほんのり赤く染めながら、照れくさそうにセドリックはお礼を言った。本当に、すごいと思う。去年からクィディッチチームに入って、シーカーとして頑張っていて、二年目でもうキャプテンなんて。ジョージたちが聞いたらなんて言うだろう。


「今日から練習が始まるんだ。楽しみでなかなか眠れなかったよ」
「セドリックでもそんなことがあるの?」
「当然さ。でも、練習でこれだと、試合のときはどうなるんだろうな。いい天気だといいな。雨だと視界が悪くて、スニッチを捕るのが本当に難しいんだ」


 温室までの道を歩きながら、ハッフルパフのチームメンバーの話を聞いた。寮が違うと、なかなか交流する機会が少ない。同学年なら授業が同じになることもあるから多少は交流があるけれど、違う学年だとさっぱりだ。でも、退屈しないように、私が知ってるグリフィンドールの人たちの名前も一緒に挙げて、誰に似てるとか、誰と親戚だとか、そういう話もしてくれる。前から思っていたけれど、この人はやっぱりお話上手。アンジーたちが「無口」と評していたのはなんでなんだろうと、不思議に思うくらいだ。
 他愛無い話をしていたら、セドリックがいる側の肩に手が触れ、逆側に引き寄せられた。斜め上を見上げると、ジョージの顔。


「――やあ、セドリック。俺も話に加わっていいかい?」
「! ジョージ、」
「ああ、もちろんさ。君にも関係がある話だよ」


 肩を抱かれていることに気づいて、こんなにたくさん人が歩いている中で恥ずかしいやら戸惑うやらだ。それに気づいたのかジョージはぱっと手を放して、三人並んで歩き始める。背の高い二人に挟まれて歩くのはなんだか居心地が悪い。


「……えっと、セドリックがクィディッチチームのキャプテンに選ばれたって話を聞いてたの。ジョージはもう知ってた?」
「いや、初耳。じゃあ俺たちとは敵同士なわけだ」
「お手柔らかに頼むよ」


 上のほうでばちばちと火花が散っている気もするけれど、気にしないことにする。この二人は仲がいいとはあまり言えない、と思う。そりゃあ、もし仮にこの二人をどこかに閉じ込めたとしたら、そこそこ協力して脱出するだろうけれど、その程度だ。必要がなかったらお互いあまり声はかけないんじゃないか。少なくとも、ジョージは。


「ぐ、グリフィンドールはメンバーチェンジないよね?」
「さあね。、敵に余計な情報は与えちゃだめだよ」
「!? え、チームメンバーなんて、毎年早々に公表されるじゃない」
「それでもダメ。ほら、もう授業始まるよ、急がなくていいの?」


 もう温室は目の前なのに、急に腕を引かれて小走りになる。セドリックは苦笑しながらそれを見送った。走らなくても間に合うと判断したんだろう。温室に入っても腕を引かれたまま、ジョージの横に座る。その横には、先に着いていたフレッドとリー・ジョーダン。私が近くに座るのは珍しいからか、少し目を見開いている。


「なんだ、珍しいな。はあっちの女子グループじゃねえの?」
「え、ど、どうしよう」
「あーー、ごめん。どっちでもいいよ。席空いてるし、今日は個人作業だけだろ」


 どちらでもいいと言われても、迷う。アンジー達の座ってる席に視線を向けると、目が合って、手を振られた。今日はそっちで受ければ?っていうところだろう。随分楽しそうに小声で噂話をしているように見える。多分、あとで根掘り葉掘り聞かれるんだろうなあと思うと少し気持ちが重い。


「じゃあ今日はこっちで受けようかな」
「そーしろそーしろ。そんで、ちょっとでもいいからジョージの機嫌よくしてくれ」
「おい、フレッド」
「はいはい、スプラウトが来たから後でな」


 フレッドは、眉を寄せてしかめっ面をしているジョージを軽くいなし、教科書を取り出した。28ページを開いて、という声に従って教科書をめくっていると、スプラウト先生の魔法で、今日の教材が作業台の上に運ばれてくる。作業指示を受けて、手袋をつけて、あとはひたすら作業をするのがいつもの流れだ。
 教科書通りにはなかなかいかないから、ハプニングが続出して周りがざわついている間に、隣のジョージが少し耳元で囁いた。


「――さっきセドリックと喋ってたのは、あんまりいい気分じゃなかったよ」
「う、ごめん……。声をかけられて、行先も同じだったから、」
「わかってる。はー、あいつ、さっさと彼女作ればいいのにな。折角モテるんだから」


 ジョージは器用にも手を動かしながら話している。私も手を動かして、収穫を続ける。私がセドリックと二人で話していたのが気に障ったんだろう、ちょっと機嫌が悪い。


「セドリックが女の子と話してるところなんて、見たことない」
「だろうな。あいつ、あんまり女と話すの得意そうに見えねえし」
「え」
「どうせ、と話すときも他の女がいない時を狙ってるんだろ。囲まれるとどうしたらいいか分かんなくなっちまうんだ」


 確かに、友達と一緒にいるときに声をかけられたことはない。一人で歩いてるときか、ジョージやフレッドと一緒にいるときしかない、というのは今更気づいた。


「……そうなの?」
「確証はないけど、多分な。去年のバレンタインなんて、何人かに囲まれてカード貰ってあたふたしてたぜ」


 セドリックがあたふたしてる様子なんて、全然思い浮かばない。けれど、騒ぐのが好きな女の子たちは結構押しが強いから、囲まれたらどうしたらいいか悩むかもしれない。断ったら噂になりそうだなとか、誰から受け取ってなんて言えばいいんだろうとか。セドリックはとても公平で、いい人だから、余計に悩むんだと思う。


「知らなかった」
「だから、君がお気に入りなんだと思うよ。あまり騒がないし、噂話はしない。こと恋愛関係に関しては押しどころか引き一択だもんな」
「……私のこと貶してる?」
「まさか。悪いとは思ってないよ」


 騒がないのも噂話をしないのも、どちらも自分の性格と合っていないだけだ。噂話は耳に入ってくるものもあるけれど、積極的に集めはしない。信憑性が高いものもあれば、かなり低いものもある、し。
 恋愛に関して、引き一択なのは、……とても申し訳ないと思うけれど自分の心臓が貧弱なので待ってくださいとお願いするしかない。またシリウスに鼻で笑われてしまいそうだ。でも、以前に比べたら自分からいろいろできるようになってるはず。
 隣で、深めのため息が聞こえた。


「向こうは諦めてるはずだし、放っておいてもいいと思うんだけど、勝手に身体が動いちゃうんだよなー。いい気はしないし」
「……わたしはちょっと嬉しい、けど」
「複雑な気分だよほんと」


 そんな会話をして、あとは作業に集中した。セドリックと私がどうにかなることはないと、私は思ってるし、きっとジョージも分かってる。でも、それでも二人きりになるのが嫌だと感じてくれるのは、それはそれで私にとっては嬉しい。当然、二人にならないよう努力はすべきだと思うけれど。ジョージのこういう顔を見れる機会になるなら、たまには良いのかもしれない、なんて。


(あ、悪い。、そっち飛んだ)
(えっ、わ! 〜〜フレッド! 私の全部はじけちゃったじゃない!)
(ごめんって。今のはマジでただの事故)
(ウィーズリー!!! まじめにやりなさい!!)
(やってますよ、先生!! ちょっと手が滑っただけですほんと……ほんとですよ先生)


2020/8/6 三笠