宿題に追われる日々を過ごしていたら、段々と寒い季節になってきた。シリウスの件も、いろいろと考えてはみたけれど、ネズミを視界に入れることすらできていない。というのか、私はロンのネズミを見たことがないことに気が付いた。寮にいても、隠れ穴に遊びに行っても、一度も見たことないなんて、そんなことは意図的以外ありえないと思う。ピーターに警戒されてることに今更気づいてしまった。どうしようか。 部屋で宿題を終わらせようと、羊皮紙にペンを走らせていたところで、クィディッチの練習帰りのアンジェリーナが顔を見せた。いつもはシャワー直行なのに、珍しい。 「ねえ、。ハロウィンの日、どうする?」 「どうするって?」 「ホグズミード! 私たちと行く? それとも、ジョージとデート?」 「えっ、分かんない。まだジョージと何も話してないから明日聞いてみる」 「オーケー、忘れないでね」 そう言って、アンジェリーナは着替えを片手にシャワー室へと向かった。 そういえば、あと十日もすればハロウィンだ。今年のハロウィンパーティーのことも気になるけれど、三年生以上にしてみたら、ホグズミードに行ける土曜日というのもとても楽しみだ。 「ハロウィンのホグズミードって言えば」 「なに? アリス」 「二年前は本当に本当に初々しかったわ。今も時々そう感じるけど」 「――――え、何? 何の話?」 「あなたとウィーズリーの話」 ひえっと声が出てしまった。同室の友人たちも自分たちの宿題を放り投げて、椅子をこちらに向けた。ああ、だめだ。味方がいない。 「や、やめない? この話」 「あら、なんで? なんならもう少し人を増やしたほうがいいと思うくらいなんだけど」 「ジニーを呼んできましょうよ。あの子が入学する1年前のことだし、きっと興味津々よ」 「いやいやいやいや、二年も前のことなんてどうでもいいでしょみんな!」 「どうでもよくないわよ、とっても興味深いわ」 同室の一人が素早くジニーを読んできて、部屋に招き入れた。シャワーに行ったはずのアンジェリーナも、10分も経たずに戻ってきたのだから、味方どころか敵が増えていく状況だ。部屋に常備しているお菓子とお茶が手際よく用意され、いわゆる女子会というやつが始まってしまった。ああ、どうやって逃げよう。私は部屋の一番奥の席だ。ドアまで約3メートル。行くだけ行ってみようかな、 「そうね、あれはクィディッチの初戦前日だったわ」 「――こら、。逃げようとしないで」 「か、監督生は見回りしなくちゃ」 「まだ1時間以上早いでしょ? ほら、座って」 「えええ、こういうのは本人抜きでやってよ」 あまり音を立てずに立ち上がって椅子と椅子の隙間を縫っていこうとしたけれど、早々に捕まって座らされた。話し出すのは同室の友人。寮での部屋割りは余程問題がない限り7年間一緒だから、今更遠慮なんて欠片もない。当然、私たちの部屋は変更なしで5年目だ。 「確かあなた達、――クィディッチで初戦に勝ったら、一緒にホグズミードに行くって約束をしたんだったっけ」 「えっ、そうなの? 私たちの試合にそんなもの賭けてたの?」 「ジョージにとっては、自分たちの試合よ。アンジェリーナ」 「ああそうだわ、確かに」 思い出すのはとても恥ずかしい。そういえばそうだった。ジョージと初めて話したのはもっと前だったけれど、本格的に距離が近くなったのはホグズミードだ。しかもハロウィンの日だった。 「で、勝ったからホグズミードでデートしたのよね」 「午前中は私たちと回って、午後からジョージと回ったのよね。郵便局前で待ち合わせだったわ」 「私たち、あなたと別れてから少しだけ後ろ姿を見ていたんだけど、あの微妙な距離感がすごくこそばゆかったわ……。近づきたいけど近づけないみたいな……、あの15センチ!」 「わかる……、わかるわ! 結局あの年はずっとあの距離を保ってたのよ、お互いに!」 「まってまって、ねえ、なにその15センチって」 頭を抱えた。なんだかもう、顔から火が出そうだ。さすが四六時中一緒にいるだけあって、知られすぎている。傍から見たらそんな感想を抱くような様子だったのだろうか。ジョージに対する感情が恋と呼ばれるものだって気づいてから、そんなに日数は経っていなかった。みんなが同意するくらいわかりやすかったのかな。ジョージとの間の距離なんて、意識して空けてた距離じゃない。今でこそ、手をつなぐとか肩が触れるとか、そういうのはある。あるけれども、付き合ってない頃にそんな至近距離に行けるわけないじゃないか。多少距離はあるもの、むしろ意識してる分空きがち、だったかもしれない。 「ねえ、。ハロウィンの頃からジョージのこと好きだったの? いつ告白したの?」 「え、な、夏休み」 「? 去年のハロウィンじゃないの? ほら、ハロウィンパーティーの後よ。ミセス・ノリスが石になって、寮までみんなで移動してた時」 「あっ、あーー、そうだった、そう、そう、ハロウィン……」 ハロウィンのとき、と呟くが、同室の皆の視線が痛い。さすがに告白したタイミングを間違えて覚える人はいない。みんなはハロウィンパーティーの後だと思ってるんだった、忘れてた。確実にしくじったことは分かったけれど、このあとどう挽回していいのか分からない。 「あの時既に付き合ってたのね……?」 「信じられない! あなた達、付き合ってからも距離感が変わらなすぎるのよ……。夏休みから付き合ってたなら、2〜3か月経ってたってこと? どうかしてるわ」 「ど、どうかしてるはひどくない?」 「ひどいのは、付き合ってることを隠してた貴女よ」 頬を膨らませて不満を表す友人に、ごめんと軽く謝った。いつ言えばいいのかわからなかったし、あんまり根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だった。そもそも自分の中でいろいろと消化しきれてなかった。 手を繋いだり抱きしめられたりした時の感触、伝わる体温。寒い部屋でも、素っ気ない枯れ木の下でも、ジョージと一緒ならなんだか甘ったるい雰囲気がして心臓がどくどくと高鳴った。ほんの少しの時間のデートの後は、いつだって夢を見てたみたいって思うくらい、現実味がなかった。 自分の中でも夢みたいって思ってるんだから、ジョージと付き合ってるっていうことを自分の口から誰かに言うことなんてできない。 「ねえねえ、告白はどんな感じだったの? どっちから?」 「ど、どっちって」 あれは、私からだったと言っていいのだろうか。あまりに情けないし、二人だけの思い出にしておきたいし、あまり話したくない。箒の乗り方を教わりに行って、森で話してて、その途中だった。今でも思い出すと胸がぎゅうっと締め付けられるような気持になる。 「……わ、たしから」 「えーーーーーーっ」 「うそ!!」 「絶対、ジョージからだと思ってたわ!!!」 私も、今考えるとだいぶ思い切ったことをしたとは思う。思うけれども、あれはジョージからキスみたいなことをされそうになって、もしかしてって思って、それで言えただけだから、完全に雰囲気に流された形だ。 「どういう流れで告白したの?」 「…………ど、どういうって……」 どうにかうまいこと簡略化して逃げ出せないかって考えて、どうにもうまくできなかった。医務室でのことは言いたくない、けど、それがなかったらわたしはきっと未だに自分から告白なんてできてない。1年以上経っても、あの日のことは気温も頬を伝う汗の感触も覚えてるくらいで、あの瞬間の感情もすべてリアルに思い出せてしまう。うう、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。きっと今私の顔は真っ赤だろう。あれを、どうやって、説明すればいいのか。……きっとジョージだったらいい具合に言えるんだろうに。完全に私の回答待ちの状態で、時間が経っていく。周りの皆は時間がかかると踏んでなのか、少し雑談をしながら、お菓子や紅茶を飲み食いしていた。 ――――数分経って、諦めた。 「……ごめん、ジョージに聞いてきてもいい……?」 ふっと周りのみんなが笑いだした。思ってたのと違う反応で驚いた。 「あなた、もう少し誤魔化すとか嘘をつくとか、そういうこと覚えたほうがいいわよ」 「真剣すぎて、どんな回答が出てくるかすごく期待しちゃった」 「ジョージならきっといい感じに誤魔化す方向でまとめてくれるから、聞いてきなさいよ。ちょっとは、あの人の要領の良さを見習ったほうがいいわ」 未だにくすくすと笑いながら、どうぞ行ってくださいと言わんばかりに道を開けてくれた。明らかにばかにされてると思いつつも、誤魔化すことができなかったのは事実なので何も言えない。ジョージの要領の良さは別格だと思いつつも、ここでいろいろとジョージとのあれこれを聞かれるのよりよっぽどいいので、席を立った。 2020/8/9 三笠 |