自宅で、傷ついた一角獣の包帯を取り換え、本日分の薬を飲ませる。他にも家で保護している魔法生物はたくさんいて、ばたばたと慌ただしく彼らのお世話をする。店の地下はかなり広く、一番下に降りてから上に上がるだけで一苦労だ。薬や手当道具を持って各階の部屋に飛び込んで、煎じた薬を飲ませたり塗ったり。怪我をしている子だけでなくて、居場所がなくて保護しているだけの子もいる。余裕があればその子たちと遊ぶときもあるけれど、今年の夏休みは余裕なんて無さそうだ。彼らは彼らで、同じ種族の子たちと遊んだり、違う種族であっても争うことは基本的にしない。一部の気性の荒い子は、少し隔離をさせてもらっていることもあり、基本的には平和だ。 「お嬢様お嬢様! お手紙が届いていらっしゃいます! ホグワーツからでございます!」 「ありがとう、ナーレ。机の上に置いといてくれる?」 私と同じように忙しくて階段を駆け下りてきたナーレに一言返して、目の前のニーズルの傷の具合を見る。魔法使いがつけた傷だ。ほんの2日前に来たばかりだけど、薬が効いたみたいでもう傷口は塞がっている。食欲もあるし、すぐに外に出られそうだ。 「良かった。もう外に出られるよ。痛みはない?」 くう、と甘えた声を出して、こちらにすり寄ってくる。自然のニーズルにしては毛並みが美しい。来たときは傷ついて泥だらけだったけれど、綺麗にして櫛で溶かしたらあまり滑らかでびっくりした。私のお腹に頭を擦りつける仕草をして、そしたら外に出るようで、扉の方へと歩いて行った。私も荷物を持ってそれを追いかける。この子を保護したのは確か、アルバニアの方だったなと考えて、カルテを見る。そして煙突ネットワークのリストから良い場所を探してから、その子を連れて煙突に入る。既に人の住んでない山小屋に着いて、ニーズルを放す。元住んでいた場所がどの方向か分かったらしく、一声鳴いてから振り返ることなく走り去ってしまった。その後はすぐに家に帰って、またほかの子たちのお世話――と、13時過ぎまでは家の仕事で騒がしくしていた。 14時からは、シリウスとの訓練だ。夏休みに入って、シリウスと出会ってからはほぼ毎日。もう夏休みが終わってしまうけれど、私は未だに動物もどきにはなれていなかった。もちろん、なんの進歩もないわけではない。けれども、変身術のずっとずっと高度なことをしているのだ。シリウスは思っていた通りにスパルタで、よく私の出来の悪さにため息をついていた。良くも悪くもお前はふつうの新5年生レベルの知識しかない、と初日から言っていたっけ。それで落ち込まないわけではなかったけれど、シリウスが投げ出さない限りはついていかなくてはと思う。だって、シリウスは今すぐにでも敵を討ちにいかねばと息巻いていたのを引き留めているのだもの。教えてもらっている私の方から匙を投げるわけにはいかない。 「お嬢様、そろそろお時間でございます」 「うん、行ってくるね」 「ウィーズリーのおぼっちゃまからのお手紙も届いてますがご覧になりました?」 「え、見てない。今何時? ……あー、後にする……行かなきゃ」 シリウスのいる小屋へ移動しようかと思ったところでナーレから、手紙のことを聞いて部屋へと戻ろうとする。けれども、もうあまり時間がなくて(きっと手紙を読み始めたら返事を書きたくなってしまうし)、諦めてリュックを背負う。そしたら、ナーレが手紙をもってきて、リュックに入れてくれた。 「向こうで休憩時間にでもお読みくださいませ! おぼっちゃまからのお手紙を読んだ後のお嬢様はとてもうれしそうでナーレは大好きでございます。大変な時こそ読んで元気を出すべきだと思います」 「ありがと。んーー、暇があったら読むね」 休憩は少しずつ挟むけれども、あまり多くはない。シリウスは、私が動物もどきの理論を理解しようとしている間にも、なにやら考えているようで、杖をどこで手に入れようとかどこでどうやって標的を見つけるかとかを考えているようだ。それでいて、私が少しでも間違うとすぐに違うと怒るのだから、頭の作りがもはや私とは違うのだろうと思う。回転が速すぎる。 今日も頑張らなきゃと気合を入れて、ナーレに付き添い姿あらわしをしてもらう。小屋の目の前に到着して、誰も周りにいないのを確認してから中に入る。小屋の中のふかふかのソファの上には、すっかり身なりを整えたシリウス・ブラックが我が物顔で座っていた。 「おう」 「今日もお願いします」 「ああ。昨日の宿題はやってきたか?」 「はい。でもちょっと分からないところがあって」 リュックを降ろしてナーレに渡す。時折メモをとるためのノートと筆記用具だけ取り出して、シリウスの座るソファの隅に腰を下ろした。いくつか質問をすると分かりやすい解答が返ってきて、納得しながら次へ進む。そもそも変身術の知識が不足しすぎているとこの1ヶ月で痛感した。だから、動物もどきになるためという目的は変えずに、それに関連する変身術の知識を教えてもらっている。シリウス・ブラックという人は、優しくないし厳しいけれど、頭はいいし教え方はそれなりに上手い。前に、ワームテールよりは理解が早いと呟くのを聞いた。褒められたと認識するまでにやや時間がかかった。褒めてないのかもしれないけれども、プラスの言葉を聞いたのは、これが初めてだったし、それ以降は一度もない。 そして夜の19時頃まで教えてもらって、そのあとは夕食を作って食べて、少し復習をして、そして21時頃にナーレが迎えに来る。ここまでが私の一日だ。 今日もそうなる予定だった。 「、お前はウィーズリーと関わりがあるのか?」 「? ありますけど……って、それ私の手紙です! ちょっと、勝手になにして」 「ジョージ・ウィーズリー。その慌てようは……フーン」 「返してくださいってば、もう!」 身長差がありすぎて、シリウスの手から手紙を奪い返せない。適当な場所に置いたリュックのチャックを閉めるのを忘れていたみたい。ナーレが入れてくれた手紙が見えたんだろう。ホグワーツからと、ジョージから。少し休憩をしようと紅茶をいれようとしている間にやられた。封は開けてないみたいだけど、シリウスは手紙の差出人をじっと見ている。 「これは、この写真のどいつだ?」 「写真?」 放り投げられた新聞を見ると、数週間前、ウィーズリー一家がガリオンくじを当てたときの写真があった。にっこりと笑う双子の片割れを指さす。 「この人」 「ボーイフレンドか?」 「……なんでそんなこと訊くんですか」 「なんだ、図星か。夏休みなのにデートしなくていいのか?」 「そんな暇ないじゃないですか」 「一日くらい休んだらいいだろ。今の進み方からして、お前がこの夏休みだけで、動物もどきになることはまずありえない。俺が教えるのはこの夏休みだけで、来年度はホグワーツで奴を捕まえるために動く。それに異論はないだろ」 「そう、ですけど」 「じゃあ、休めばいい。俺も休めて万々歳だ。ホグワーツに忍び込む準備もしないといけないからな」 乱雑に2通の手紙を放り投げられて、慌てて受け取る。どうせ、午前中と深夜は抜け目なく準備を進めているくせに。時々外に出ていることくらい、わたしは気づいてる。いつの間にか杖を手に入れてるし、服だってそうだ。そりゃあ、私だってたまには休みたいし、ジョージに会いたいけれど。 「オーランドもそのくらいのこと許してくれるだろ」 「う、そう思います?」 「思う思う。だからさっさと手紙を読んで返事を書けばいい。そうだな、来週の水曜なんてどうだ? 教科書を買うついでに家に誘えばいいじゃないか。もしそのとき弟のロンもついてきて、ペットのネズミをこの小屋に誘い込んでくれたら俺はお前を見直すだろうさ」 「……あの、やっぱりその考えって正しいんですか? あのネズミが、本当は動物もどきで、あなたたちの元友人だっていうのは」 「正しい。何年一緒にいたと思ってる。あいつを動物もどきにしたのは俺たちだ。見間違えるわけがない」 冗談めいたことも結構言うけれど、彼の元友人であるピーター・ペティグリューが動物もどきで、それがロン・ウィーズリーのペットだと言うときは、目が変わる。あの目に直視されたらわたしは身動きが取れなくなってしまう。シリウスは、ピーターがロンのペットとしてハリーの近くにいることが分かったから、脱獄してきたと言う。来年は、何らかの方法でホグワーツに忍び込んで、ピーターを殺す計画だとも言っている。それは、おじいちゃんから絶対に誰にも言わないように、伝えないようにと釘を刺されている。それは、もちろん。誰にも言うつもりはない。 「俺は上にいるから、手紙を書いたら呼んでくれ。折角できたボーイフレンドも、あんまり放っておくと逃げられちまうぞ」 「う」 「どーせ、お前はキスのひとつも上手く誘えないだろうし、手紙くらいまめになるべきだろ」 余計なお世話だと噛みついてみようと思ったけれど、でも図星だし、口喧嘩にはきっと経験値が全然足りてない。それに、早く手紙を読みたかったのは事実だ。ホグワーツからの手紙は後回しにして、ジョージからの手紙を開けた。 2019.1.13 三笠 |