夏休み04


家の仕事が終わって、お昼も食べ終わった頃。久しぶりのお休み、久しぶりにジョージと会えることが嬉しくて、約束の時間よりずっと早く、準備が終わってしまった。今日も何かおやつの差し入れをしようかなあなんて、近くのお店をいくつか頭に思い浮かべる。近くに最近できたケーキ屋さんを覗いてみようか。ウィーズリー家は兄弟が多いし、食べ物はいくら作ってもすぐに無くなってしまうとモリーさんが嘆いていた。当然だ。だって、みんな育ちざかり。しかもクィディッチで活躍するような、体格のいい人ばかりだもの。それだったら、もう少し腹持ちするもののほうがいいのかな、なんて考える。でも差し入れに、バゲットとか?そういうのってどうなのって、思う。やはり甘い物とか、日持ちするものとか。そういうのが――、って、少し遊びに行くだけなのに、ついつい考えすぎてしまう。そういえば、まだ教科書を買ってなかった。ホグワーツからの手紙も読んでなかったことに気づいて、慌てて自室で手紙を読む。開けたとき、なにかが、落ちた。


「?」


見るとそれは、監督生のバッチで。そういえば五年生は監督生が選ばれるんだっけと気づいて、そして、目の前のそれは、自分が選ばれたことの証で。
――あまりにびっくりして、数分そこで立ち尽くしてしまった。手紙を読むと、確かに監督生に選ばれたことが書かれていて、その役割に目を通して、そこでようやく実感がわいてきた。目立つようなことはあまりしてないのに。(去年の秘密の部屋の騒動?それとも一昨年の賢者の石のとき?でもあれはなにもできずに失神させられただけだわ)
ふと、手紙の最後に、マクゴナガル先生の筆跡でこう書かれているのに気が付いた。「貴女が、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの歯止め役になることを期待しています」と書かれていて、なんだか面白くなって笑ってしまった。私に止められると期待していただけるのは嬉しいけれども、私なんかが止められる二人ではないですよ、なんて心の中でつぶやく。これ、ジョージが聞いたらどう思うかな。あとで話してみよう、と思った。
監督生のバッチは、制服のポケットに入れておいて、教科書のリストを持って外へ出た。用事はさっさと済ませて、そして出来たら差し入れを買おう。シリウスとの訓練ばかりでは塞ぎがちだった気分も随分と晴れやかだ。






「ああ、来たね。ジョージはちょっと外に出てるから終わるまでちょっと座っていたらどうだい?」
「こんにちは、パーシーさん。ジョージは家のお手伝いですか?」
「庭小人の駆除だよ。そろそろ戻ってくるさ」


珍しく静かなリビングで、パーシーさんとふたりきり。あまり話したことがないから、どうしたらいいか迷いつつも、指示された通りに適当な椅子に座った。お土産のタルトと、生クリームと苺がたっぷり乗ったホールケーキをテーブルの上に置く。夏だから、なるべく冷やしておきたいけどどうしよう。冷却呪文をかけてもらったから暫くは大丈夫だけど。


「それは?」
「あの、お土産です。こっちはタルト、こっちはケーキ。ケーキは冷やしておいた方がいいです」
「ああ、ありがとう。いただくよ。妹や弟たちが喜ぶ」


パーシーさんは、読んでいた教科書を置いて、渡したケーキをキッチンへと持って行った。すぐに戻ってきて、その手にはコップが二つ。ひんやりした水が並々と注がれていた。


「こんなものしか出せなくてすまないね」
「いえ。ありがとうございます。あ、あの、パーシーさん」
「なんだい?」
「ええと、あの、監督生の仕事って、どうですか……?」


自分が元いた椅子に座って、そしてパーシーさんはこちらをじろじろと見た。どうしてその質問をされたのか、少し考えているようだった。そして口を開こうとした瞬間、どたばたと音が聞こえて、玄関からジョージが飛び込んできた。


「やっぱりもう来てた! ごめん、。さっき急に庭小人の駆除しろって言われて」
「ううん、大丈夫。そんなに待ってないよ」


走ってきたのか、少し息が荒い。そして手は泥だらけだ。余程急いで片づけてきたのだろう、服も少々どころではなく汚れている。


「アー、ちょっと手を洗ってくるよ。でもなければ、そこの堅物にどやされてしまうからね」
「……それなら、靴も少し綺麗にした方がいいかも。ほらあの、少し床が」


ジョージのスニーカーは泥がついていて、玄関から数歩だけど立派な足形が残っている。昨日はこの辺りで通り雨でもあったんだろうか。


「やっべ、あー、ごめん。ちょっと行ってくる。話し相手、パーシーだけだとつまんないよな。そのうちフレッドとロンも」
「ううん、パーシーさんには監督生のこと訊きたかったから、つまんなくないよ」
「監督生? ……まさか君、」
「ジョージとフレッドの押さえ役になることを期待します、ってマクゴナガル先生から直筆で任命していただいたの。だから訊いておきたくて」


ガタン、とパーシーさんが立ち上がった音が聞こえた。初めて見る満面の笑みでこちらを見ていた。逆にジョージは嫌そうな顔でパーシーさんを見ていた。


。僕は、君がジョージと関わることで間違った道へ進んでしまわないかと危惧していたが、そうか、監督生か。それは、素晴らしいことだ。僕一人ではなかなかジョージ・フレッドを押さえることはできなかったし、ガールフレンドのキミなら僕よりもよほどジョージへの抑止力が期待でき、なおかつ――」
「おいパーシー! なーにが間違った道、だ! これ以上、に変なこと吹き込もうとしたら、お前の大切な、大切な監督生バッチになにがあってもしらないぞ」
「何を言ってるんだ。おまえの暴走に、彼女を巻き込むのはやめろ。監督生だぞ? 彼女は真面目で品行方正、つくづくお前とは正反対だと思っていた」


このまま口喧嘩に発展しそうな空気。パーシーさんが近寄るとジョージも一歩近づいて――というところで、間に入った。これ以上騒ぐと、どこからかモリーさんが来て、そしてジョージの泥だらけの服装を見て賑やかなことになりそうだ。


「ジョージ、ひとまず手と靴を洗って来たら? あなたと話したいことはまだ他にもあるし、――ね? 久しぶりに会ったんだし、落ち着いて、どこかでゆっくりしよ?」
「――がそう言うなら」


べ、とパーシーさんに向けて舌を出して悪態をついてから、ジョージは急いで外へと出た。私は近くに干してある雑巾をひとつ手に取って、玄関の泥を拭う。それを見て、パーシーさんも同様にそれを手伝ってくれた。


「すまないね。やはり君が言うと、ジョージはよっぽど素直になるみたいだ」
「家族だと甘えて我儘が言いやすくなってしまうんですよね。わかります」
「彼らは、本当にうちの問題児で。しかも双子だろう? 僕の手におえる存在じゃなくなってるんだ。せめて、ビルやチャーリーがいてくれたら、あの二人を止める手段がないわけではないと思うんだが」


本当に本当に深いため息を吐いている。随分苦労しているんだろうなあ、というのは、ずっと前から知っていた。生真面目なパーシーさんと、自由奔放なジョージとフレッド。随分と性格が違うなあと、思っていた。


「監督生は、皆の見本となる存在なんだ。なにせ、先生方に代わって減点できる。責任重大だろう? むやみやたらに他の寮の点数を減らさない、節度ある行動が必要なんだ。新入生が初めて寮に行くときに道案内をするのも僕らの仕事だ。その他、問題が起きたときは監督生が指揮をとらなくてはならない」


ジョージが汚した床を清掃して、また椅子に座って監督生の話を聞いていた。仕事の内容もそうだけど、監督生が使える専用の広いお風呂があることとか。
そんなことを話していたら、またばたばたとジョージが入ってきた。手や足は綺麗になったものの、泥だらけのTシャツを脱いでいて、素肌が目に入る。思わずぎょっとして顔をそむけてしまった。


「おい、靴はどうした」
「水浸しだから外に置いてきた。これ着替えちゃうからあと3分だけ待って」
「汚れた服をそのまま置いとくとあとで母さんが怒るぞ」
「これ以上を待たせるよりマシ」


結局Tシャツとジーパンを脱ぎ捨てて、洗濯籠に突っ込んだジョージは、下着だけで階段を駆け上がっていった。おそらくいつもの様子なのだろう、パーシーさんは普通にしているけれど、私にしてみたら目のやり場がない。ああもう、一瞬だけど見えてしまった上半身に、胸がうるさい。


「悪いね。家だと本当にだらしなくって」
「いえあの、実家では大体みんな、寮にいるときよりもだらしないものですから」
「そう言ってもらえると助かるよ」


それからもパーシーさんは、監督生の心得をいくつか聞かせてくれて。その間に登場したジョージによって、その話は強制的に終了させられた。
ジョージに手を引かれて、階段を駆け上がる。私はここで、初めて、ジョージの部屋に入った。



2019.1.14 三笠