「待たせてごめん。パーシーの話、つまんなかっただろ?」 「え? ううん、そんな。面白かったよ」 半分本当で、半分はお世辞。そのくらいの比率で、それが伝わったのだろうジョージも苦笑いしていた。 「あーでもまさか君が監督生なんてなあ。俺、君に叱られて点数引かれたりして」 「あんまり規則を破ったらそうなるかも」 「はは。下手なこと出来ないな」 ジョージとフレッドの部屋を軽く見渡す。ありとあらゆるものが所狭しと積み上げられている。座って、と言われても床にはその隙間がなく、ベッドに腰掛けた。ジョージもその横に座った。 「ああでも、あんまりうちの母親に言わないでくれる? 俺たちが監督生じゃなかったことにがっかりしてるからさ。俺たちが億が一でも監督生になれると思ってたのかね」 「きっと、お兄さんたちがみんな監督生だったから、自然と期待しちゃったんじゃない?」 「俺たちがホグワーツに入ってからこの家に届いた学校からの手紙が、兄貴3人を足した数よりよっぽど多いことに気づいてたら、期待なんかしないはずさ」 それより、とジョージの目が私を捉えて、そして片腕がわたしを引き寄せて、――あ、キスするんだと思って目をつぶった。でもなかなか触れられなくて、引き寄せた腕も離れた。私が目を開けると、ジョージは立ち上がって窓のカーテンを閉めた。 「まだフレッドもロンも外に居るの忘れてた。結構外から見えるんだよ」 「あ、そ、そうなの」 「そ。じゃ、続きしよ」 そう言って、ジョージの手が私の頬に触れて、そして後頭部にするりと移動する。もう片方の腕が背中に回って、近づいて、目を合わせて、そして私は目を閉じて――。 「ジョージ、いるの? 入るわよ」 離れた。外からドアが開けられるよりも早く、ジョージは立ち上がってドアに近づいた。モリーさんの声だ。姿を見せたモリーさんに、ジョージは不機嫌な声を隠さなかった。 「なに。が来てるから放っておいてほしいんだけど」 「あら、そうなの? 、お久しぶりね」 「あっ、すみませんお邪魔してます。お久しぶりです、モリーさん」 姿が見えなかったから、いないのかと思っていた。挨拶もせずに、ジョージの部屋まで来てしまった。慌てて立ち上がって挨拶をする。モリーさんは私にはにこにこと愛想よく笑ってくれた。 「ジョージ。あなた、あの洗濯籠に突っ込まれた服はなに? 泥だらけじゃない」 「ママさんに頼まれた庭小人の駆除でちょっとね。急いでたし、昨日降った雨が渇いてなくてあの有様だよ」 「あら、そうだった? 靴はちゃんと綺麗にしたみたいだけど、洋服もちゃんと綺麗に泥を落としてほしかったわ」 「後でやるよ。久しぶりにガールフレンドと過ごす時間のほうがよっぽど貴重だからね」 「あ、あの、ジョージ。良ければ私も手伝うし、早めにやったほうが泥も取れやすいし、あの、」 先にやったほうが、と口を出していいものか迷った。ジョージはこちらを見て、不満げに頬を少し膨らませたが、一つ小さいため息をついた。 「アーもう、分かったよママ。やる、やるってば。はここで待ってて。あんまり物は触らないで。危ない物もあるから」 「えっ、いいよ。わたしも手伝う」 「いいって。君はお客さんだし」 「ううん。待つのは退屈だし、手伝わせて」 自分が言い出したことだし、一人で待つよりも、ジョージといた方がいい。そう思っているのが伝わったのかどうなのか、逡巡していたようだがジョージの方が折れた。 「じゃあ、頼むよ。ほらママ、やるからちょっと道を開けてくれないかな」 「もう15歳なんだから、今度は言われる前にやりなさいね」 「分かってるよ。でもガールフレンドと洗濯は、ガールフレンドを優先すべきだと思うし、ママだってパパにそうされたほうが嬉しいんじゃないの?」 「あら、それは確かにそうね」 モリーさんは何故だか機嫌がよく、どこかへ行った。ジョージは、おいで、と手招きをして、階段を下りた。洗濯籠には確かに泥だらけの服が突っ込まれていて、ジョージはそれを流しに置いて水を流した。洗濯籠にも少し泥が着いてしまっていたから、私はそれを外の水道で流す。簡単に綺麗になって、少し振って水を落として持っていたハンカチで拭く。戻った頃には、ジョージは自分の服を洗い終えていた。 「あ、終わった?」 「うん。そっちも終わったの?」 「終わり。ほら、これでママさんも文句ないだろ」 水を絞ったら、それをジョージはそのまま洗濯籠に入れていた。乾かすのはモリーさんが魔法でささっとやってしまうらしい。うちも、ナーレが洗濯も乾燥もすべて魔法で片づけてしまう。 「じゃ、部屋に戻ろ」 「うん」 これでさっきの続きが、と思ったところで、俄かに玄関が騒がしくなった。なんだろうと思って視線を向けると、フレッドとロンが庭小人の駆除から戻ってきたみたい。それに、――チャーリーさんもそこにいた。 「お。、やっぱりもう来てたんだ」 「フレッド、久しぶり」 「やあ、。久しぶりだね」 「チャーリーさんも。お久しぶりです」 去年のクリスマス以来だからとちゃんと挨拶しようと一歩踏み出そうとして、ジョージに手を掴まれた。見上げると、なんだか不満げな顔をしていた。 「そーいうのは全部後にして。フレッド、部屋来るなよ」 「なに、お前かなり急いで戻ってたのに今までなにしてたの」 「もーいいから。絶対構うなよ。誰ももう階段上がんないで」 背中をぐいぐいと押されて階段を上る。じゃあまた後で、なんて一言つぶやくのが精いっぱいで、促されるままに、先ほどのジョージの部屋へと戻った。ジョージはものすごく警戒しているようで、窓は鍵を閉め、しっかりとカーテンを閉じた。 「ええと……?」 「いつだれが覗きに来るか分かんないから。チャーリーなんて、魔法が使えるから要注意だよ」 先ほどと同じようにベッドに腰掛けて、ジョージはぶつぶつと話し出した。 「あーーもう、ほんとタイミング悪い。チャーリーは本当はもうルーマニアに帰ってるはずだったんだ。エジプトにはみんなで行ったけど、チャーリーはもう仕事がある予定だったし。でも、なんか予定が変わって、イギリスからドラゴンを運ばないといけないんだって。その日が今週末だからって少し滞在を延ばしたんだ」 「そうなの。え、でもそれって嫌なの? モリーさんは喜んだでしょ?」 「とのことを散々からかってこなければ、俺も嬉しいさ」 ジョージはそろりと手を伸ばしてきた。私の手に指を絡めて、そして私の手をジョージの口元へと近づける。軽くキスを落として、そしてもう片方の腕を私の腰へと伸ばして引き寄せる。視線を合わせて、そうっと顔を引き寄せて、――そして、触れるか触れないかのところで、ふと気づいた。ガチャリ、と窓の鍵が開く音。 「おい、ジョージ。女の子を部屋に連れ込むなら、警戒心を抱かせないようにドアも窓も、鍵は開けとくべきじゃないか?」 ガチャリと窓が開かれたとき、ジョージは私の肩で項垂れていた。あと少しだったのに、と呟くのが聞こえた。チャーリーはくすくすと笑いながら、窓から部屋に入ってきた。 「ベッドがある部屋に女の子とふたりきりなんて、もしものことがあったら困ると思ったんだけど、そのもしもだったかな?」 「あーもう、チャーリー! 面白がって邪魔するのほんとやめて。1ヶ月ぶりなのに全然ゆっくりできないんだけど!」 さすがに3度もキスをお預けにされて、ジョージは怒ったようにチャーリーさんに向かって声を荒げた。チャーリーさんはそれに怯むわけでもなく、にこにこと笑みを浮かべてこちらを見ていた。 「お前は、この家でガールフレンドといちゃつけるなんて本気で思ってたのか? 俺もフレッドもいるのに?」 「チャーリーはいない予定だったし、フレッドは俺とのことには干渉しないって宣言してるんだ。だから、こっちで待ち合わせにしたのに」 「選択肢があったのなら、の家に行けばよかっただろ。なんでそっちを選ばなかったんだ」 そういえば、夏休み前に少し話したとき、今度はうちに来るか聞いたら、少し迷ったような仕草を見せつつも、隠れ穴に来るように言われた。うちが特殊なのは知っているし、なにか嫌なことでもあるのかなとそのとき思った。……けど、その心配は杞憂だったと、分かった。 「じゃあチャーリーは、1か月ぶりのガールフレンドと会って、他に誰も人がいない家で、もしかしたら普通に彼女の部屋に通されて、その彼女がめちゃめちゃ無防備で、それで本気で安全だと思えるわけ? なにもしないって言える? 俺は言えないけど!?」 怒ったようにそう言うジョージを見て、目を丸くしたのはチャーリーさんと、私。確かにわたしは、ジョージが家に来たら自分の部屋に通してしまう。ジョージなら危なくないとなんとなく思ってしまっていたのだけれども、それはあくまでジョージが頑張っているから、なのだと、知ってしまった気がする。 「……おまえ、かわいいやつだな」 「あーーもう、言うつもりなかったのに。全部チャーリーの所為だ。ほんとかっこ悪い」 頭をガシガシと掻いて、ジョージは私から目を逸らす。チャーリーさんと私は目を合わせて、そしてチャーリーさんは元来たように窓から立ち去った。 「邪魔して悪かったな。今度はもう少しタイミングを考えてから覗きに来るよ」 「いやもう来ないでほしいんだけど」 「じゃあな、」 「あ、はい」 本人曰くかっこ悪い姿を見てしまった手前、なんて声をかけていいのか分からない。別にかっこ悪いなんて思わないし、大切にしてくれてるのは嬉しいのだけど、ジョージはジョージなりに葛藤があるのは知ってる。 「……えーと、ジョージ?」 「――……なに」 「えっと、キス、する……?」 そう声を掛けたら、ようやく目が合って、そして 「………………する」 誰かに邪魔されるのを危惧してか、今度は殆ど間もなく、唇が重なった。四回目でようやく。 少し角度を変えて、押し付けるように唇を重ねて、そしてぎゅうと強めに抱きしめられた。呼吸をするのに時々離すけれども、あとはされるがままにキスを続けた。1ヶ月を埋め合わせるかのように、いつもよりずっと長い、キス。 おそらくロンだろう、――何かを言いながら階段を駆け上がる音が聞こえて、離れた。 「ああもう、ほんと落ち着かない」 「家族多いもんね」 甘えるように、私の肩に顔を擦りつけてくるから、少し迷った末に頭を撫でた。ふわふわの赤毛が指に馴染む。 「――って、なんか甘いにおいする」 「? なんだろ、なにもつけてないんだけど」 「んーー、なんかそういう香水とかじゃなくて」 首元に顔を寄せ、すっと匂いを嗅ぐ仕草をされて、なんだか緊張する。甘いってことは変なにおいじゃないと思うけど、ああでも朝から動物を触ってたし大丈夫かな。そこまで考えて、ふと気づいた。 「あ、ケーキかも」 「……ケーキ?」 「お土産に買ってきたの。フルーツタルトとショートケーキ。あのね、ダイアゴン横丁に新しくできたんだけど、すごく美味しくて。お店でも食べられるの。家族連れも多いし、お店の看板猫がとっても可愛くて。今度もし良かったら一緒に行かない? ……あ、でも甘い物そんなに好きじゃないんだっけ?」 「や、大丈夫。ふつうに好き。行く。でもそうじゃなくって、アー……いいや、もうそれで」 上手く伝わらないなあ、と思ってるのがなんとなくわかって。私もちゃんと伝わるようになりたいなあと思う。 腕の中にいるくらいの距離なのに、言葉だけだと伝わらないことばかりだ。 2019.1.14 三笠 (香水とかの外的原因による匂いじゃなくて君の匂いが好きってことを伝えたかったのかと思うんだ) |