「で? どうだった?」 「なんでそんなに興味津々なんですか」 ジョージと会った次の日、にやにやしながら話しかけてきたのは、シリウス・ブラック。こういう話を振ってくる大人と話したことがないし、すごく困る。 「キスは誘えたか?」 「〜〜ああもう、そんなわけないじゃないですか」 「ああ、向こうからぐいぐい来るタイプだったな。じゃあ誘う間もなく、」 「お茶淹れてきます!」 背を向けてキッチンへ向かうけど、くつくつ笑う声が背後から聞こえる。ああもう、この人は。 昨日は確かにジョージと会って、何度かキスをした。最初は何度も妨害に遭ったけれども、部屋で話しながら数回。そのあと、森の方まで歩いて行って、そこでも何度か。ホグワーツにいるときよりよっぽど近くて、甘ったるい雰囲気だった。箒に乗る話もあったけど、うっかりワンピースを着てしまったから、箒には向かないってことで、森で座ってお話してた。正直、箒に乗らなくていいのはほっとした。(と言ったらまた呆れられてしまうけれども) 「そういえば、ハリー・ポッターを見かけましたよ」 「ああ。知ってる。漏れ鍋に泊まってるんだろ」 「? よくご存じですね」 そう言うと、見た、と返ってきた。ハリーが叔父の家を出て、ナイトバスに拾われたことも知っていた。この人は姿あらわしができるし、夜と朝は比較的自由に動ける。動物もどきの姿を知っている人は少ないし、いくら警戒されてもどこ吹く風なんだろう。 「アーサーさんから聞きましたけど、夏休み最終日はウィーズリー家も漏れ鍋に泊まるんですって。翌日、ハリーとウィーズリー家の皆さん一緒に魔法省の車でホグワーツ特急に向かうそうです」 「そうか」 「魔法省は随分とあなたを警戒してるみたいですね」 おそらく全てがシリウスさんを警戒するためだろう。かつての学友と大勢のマグルを殺した男。世間ではそうなってる。 「あの、本当にあなたはホグワーツに侵入できるんですか?」 「できるさ。方法は教えない。お前の口から洩れる可能性はゼロじゃないしな」 「じゃあ、見かけても協力しませんからね」 ぴしゃりとはねのけてみるが、どれだけ効果があるだろうか。眉根を寄せて、不愉快そうにこちらを窺ってくる。 「寮へ入るときの合言葉の横流しくらいはしていいだろう」 「そんなことばれたら、私は退学どころじゃ済まないんですけど」 「どうせ家を継ぐんだろ。学歴なんかどうでもいいじゃねえか」 「よ、良くないですよ。なに言ってるんですか」 「レールの上に乗ってれば自分の行きたい道に行けるとは限らねえってことさ。例のあの人の部下が今ものうのうと生きてることを許すなよ。そんなんだからいざという時が来ちまうんだ」 「うう……例のあの人、なんでまだ生きてるんですかね」 例のあの人はハリーを殺そうとして、力を無くした。それが何故なのかは誰にもわからないけれど、ここ十年ほど平和だったのはそのおかげだ。でも、ここ数年ホグワーツで起きたことを考えると、ほぼ確実に例のあの人はどこかで息をしていて、力を取り戻すために思考している。今のこの平和は、所詮仮初のものでしかなかったと、思い知らされた。 「そもそも、だれも確実に奴を殺せたやつなんかいねえんだ。殺してないんだから生きてるんだろう」 そうだけど、でもそうでなかったら良かったのに。このまま一生平和だったらいいのに、と心底思ってしまう。 「いつ何が起きるかわかんねえんだから、悔いのねえように好きなことやっとけよ」 「……それは、、、はい」 「じゃあ、今度のホグズミード行きの時、ボーイフレンドとデートしてこいよ。遠くから見ててやるから」 「え!? なんで」 「興味本位」 シリウスさんはきっぱりそう言い放って、紅茶をすする。ジョージとデートしてるところを陰から覗くなんて悪趣味にもほどがある。眉を寄せてむくれてみるが、どこ吹く風だ。 「ハリーを見に行けばいいじゃないですか! ハリーだって今年は三年生なんだからホグズミードに来るでしょう」 「保護者の許しがねえと行けないだろ。あいつの叔父叔母がサインしてくれるとは思えない」 「……ということは、」 「行けねえだろうな。抜け道を知っていれば行けなくはないが、難しいだろう」 ハリーの叔父さんや叔母さんの話はうっすらと聞いたことがある。魔法のまの字すらも嫌う、マグル。確かハリーの入学の知らせが届いたとき、頑なにフクロウ便を受け取らなかったとか。魔法使いの血を引くハリーのことを疎ましく思っていて、実の子とはかなり差別をして育てたとか。 確かに、サインなんてしてくれなさそうだなあと思った。 「俺がサインしてやれればいいんだがな」 「? でもあれは保護者しかできないでしょう」 「俺はハリーの父親から、ハリーの後見人に選ばれてる。ダンブルドアに会って無実を証明できれば、俺のサインでも問題ないはずさ」 確かにダンブルドア先生なら柔軟に対応してくれそうだ。シリウスさんの無実が証明できれば。……それがなかなか難しいけれど。 本当の犯人である、ピーター・ペティグリューを捕まえて口を割らせることがおそらく今一番現実的な無実の晴らし方。このためにどうすべきかを延々とシリウスさんは考えて準備をしている。 「夏休みが終わったら、ホグワーツに行くんですか?」 「ん、ああ。そうだな。多少なりと君の支援があることを期待したいが」 「……精々、食料の横流しくらいしかできませんよ」 「まあ、ないよりはいいな」 「監視もきつくなるでしょうし、食料だって難しいですよ……。ただでさえ、今年はO.W.Lの年で時間がないのに」 「ああ、そういう時期か」 ご愁傷様だな、と他人事のようにシリウスさんは言い放った。確かに他人事だけど。5年生で行われるOWL試験の結果によって、6年生で受けられる科目が変わってくる。魔法薬学や変身学などの難しい科目はOWL試験の結果によって受講可否が決まるから、あまり気が抜けない。 「どうにかなるだろ。お前は特別優秀ではないが、間抜けではないし、覚えが悪いわけでもない」 「褒めてるのかけなしてるのかどっちですか」 「両方さ。監督生に選ばれるくらいなんだから、教師の覚えもよく、ある程度の成績は残してきたんだろ。なら、試験くらいどうとでもなるさ」 マクゴナガル先生からは、O.W.Lの年はどの科目でも宿題がたくさん出て、勉強以外にする時間はないと仰っていた。ノイローゼになる学生も多いと聞くし。(実際、毎年5年生と7年生は図書室にたくさんいて、すごく大変そうだとは思っていた) 「お前みたいなのは、目標があったほうがいいだろ。O.W.Lが終わったらボーイフレンドになにかご褒美でもせがんでみればいいんじゃないか」 「ジョージも同じ学年なんだから、片方にお願いするのはおかしいでしょ」 「じゃあお互い得するようにすればいいだろ。デートの誘いでもなんでも」 「でーと……」 「デート。一泊二日とかで適当な家の屋敷を使えばいいじゃないか。試験が終わった反動で少しばかり羽目を外してみたらいい。もう15歳だろう。来年は16歳。なにがあってもおかしくない年だ」 1年あれば今より少しくらいは色気も出てるだろうと付け加えられて、余計なお世話だと返した。でも、お泊りはしなくても、少しくらい遊びに行ったり二人で過ごすのはいいかもしれない。ふたりきりなら、人の目があるとできないこともしやすいし。 「……いいかも」 「お、珍しく乗り気じゃねえか。なにをしてもらうんだ?」 「えっ、あーー、いやあの、大したことじゃないんだけど」 手も繋げたしハグもキスもできたし。そろそろいいのかもしれないと思うとなんだか浮かれて頬が緩んでしまう。 実はちょっと前からあこがれていたこと。 「あのね、ネクタイを結んでみたくて」 「おい待て、いつでもどこでもできるだろそれ」 滅多に機会がないという話はどうにもこうにもシリウスさんには理解できないらしく、この後結局5分も経たずに会話終了。 シリウスさんいわく、ジョージのことがあまりに不憫で目も当てられないらしく、ふとジョージが時折呟く「は男泣かせだ」という言葉を思い出した。 (女同士でネクタイを結びなおすことはよくあるけど、ジョージのネクタイに手を伸ばす勇気はまだない) 2020/06/08 三笠 --- 蛇足: もしかしてなんですけど、監督生って各寮に男女2人ずつ×3学年(5〜7年生)と思ってたんですが、各寮に男女2人ずつですか?? 疑問に思って原作読み返したんですが、正解がわからなくて。 このお話の中では5,6,7年生それぞれいるものとして扱ってくれると嬉しいです。。 |