箒の特訓2!



練習を始めて数日。
ジョージの箒に乗せてもらうことにはすっかり慣れ、恐怖はどんどん減っていることに気づいた。別の意味でドキドキはするけど、数メートルくらいなら箒の上でも不安はあまりない。


「はい、じゃあ次は一人で」
「う、うん」


箒に跨って、ひとつ息をついて地面を蹴ろうとする。
この流れにもだいぶ慣れてきた。


「そこの木にリンゴ置いてくるからさ、それ取ってこられたらもう箒は大丈夫ってことにしようか」
「え?」
「始めと比べたらだいぶ進歩したし、まだ不安はあるかもしれないけど、あとは回数こなせばどうにかなる問題だと思うよ」


確かに、前と比べたら、箒の上で感じる恐怖は薄れたし、飛ぶことの流れも身についてきた。でも、この練習が終わったら、もうあんまり此処に来られないなあ、なんて、ちょっと寂しくもあった。この口実がないと会いに来にくくなる、というのはお互い感じてることだと思う。


「もちろん練習したいときはいつでも付き合うからさ、そんな不安そうな顔すんなよ」
「え、そ、そんな顔してない」
「してる。アー…、というかさ、そうじゃなくて。練習は練習で楽しいんだけど、そういうんじゃなくて、」


箒をもったまま、ジョージは少し口ごもっていた。
目が合うと緊張して顔が赤くなる。空気が変わったことに今さらだけど気づいて、小さく息をのんだ。


「休みのうちに、どっか遊びに行きたいのは俺だけじゃないよね?」
「そ、それは、ふたりで?」
「ふたりで。ふたりきりでどこかに出かけて、ふたりきりで思い出を作りたい。……はどう思う?」


尋ねられて、一瞬思考が止まった。でも、ふたりでどこかへ行きたいのは私も同じで、どもりながらも口を開いた。


「わ、わたしも、行きたい」
「そう」
「うん」
「じゃあ、行こう。どこがいいかな…」


考えてこむように口元に手をあてて空を見るジョージを見上げながら、私も少し考える。
この近くがいいのかなとか、ちょっと遠出したらどの辺りまで行けるかなとか、いろんな場所を思い浮かべる。
けど、その間に視線がこちらに向かい、ジョージの手の上のリンゴが軽く宙を舞った。


「その前に練習を終わらせないとな」
「う、うん」
「大丈夫だよ。俺が保証する」


先にジョージがすんなりとリンゴを木の上に置いて、戻ってきたのと同時に背中をぽんと叩かれて、その勢いのまま地面を蹴った。
ゆっくりと木の方まで飛んで、片手を離しリンゴを掴む。リンゴを落とさないようにしっかり握ったまま、ぎこちなく方向変換をし、ジョージの元へと戻った。


「うん、ごーかく」
「あ、ありがとう…」
「じゃあ、ご褒美もちゃんとあげないとな」


そう言われて、はっとしてジョージの顔を見上げる。
にっこり笑って、そして口が私の名前を紡いだ。





生まれてからずっと呼ばれてきたその名前が、なんだか全然違う言葉のように聞こえた。ぎゅうと心臓が締め付けられて、でも嬉しくて、だらしなくにやけた顔で笑った。


「…うれし」
「! …俺も」


ジョージの大きな手が私の頭を撫でてくれてうれしくて、さらににやけた顔でふふと笑った。


「じゃあデートの計画立てよっか」
「っあ、うん」


さりげなく腕をひかれて、すっかりお馴染となった木の下へと腰を下ろす。相変わらず緊張は消えないけれど、どうしようもなく楽しくてうれしくて心地よい。
行きたい場所や行ける場所なんかの話をしながら、楽しいお出かけになったらいいなと考えていた。



2012.10.14 三笠
実はこのお話が全然完結しなくて、それで更新できなかったのです…と言い訳してみたり。このあとの夏休みのお話の方が早く完成してました。
呼び方を変えるお話はずっと書きたかったのです。