練習を始めて数日。 ジョージの箒に乗せてもらうことにはすっかり慣れ、恐怖はどんどん減っていることに気づいた。別の意味でドキドキはするけど、数メートルくらいなら箒の上でも不安はあまりない。 「はい、じゃあ次は一人で」 「う、うん」 箒に跨って、ひとつ息をついて地面を蹴ろうとする。 この流れにもだいぶ慣れてきた。 「そこの木にリンゴ置いてくるからさ、それ取ってこられたらもう箒は大丈夫ってことにしようか」 「え?」 「始めと比べたらだいぶ進歩したし、まだ不安はあるかもしれないけど、あとは回数こなせばどうにかなる問題だと思うよ」 確かに、前と比べたら、箒の上で感じる恐怖は薄れたし、飛ぶことの流れも身についてきた。でも、この練習が終わったら、もうあんまり此処に来られないなあ、なんて、ちょっと寂しくもあった。この口実がないと会いに来にくくなる、というのはお互い感じてることだと思う。 「もちろん練習したいときはいつでも付き合うからさ、そんな不安そうな顔すんなよ」 「え、そ、そんな顔してない」 「してる。アー…、というかさ、そうじゃなくて。練習は練習で楽しいんだけど、そういうんじゃなくて、」 箒をもったまま、ジョージは少し口ごもっていた。 目が合うと緊張して顔が赤くなる。空気が変わったことに今さらだけど気づいて、小さく息をのんだ。 「休みのうちに、どっか遊びに行きたいのは俺だけじゃないよね?」 「そ、それは、ふたりで?」 「ふたりで。ふたりきりでどこかに出かけて、ふたりきりで思い出を作りたい。……はどう思う?」 尋ねられて、一瞬思考が止まった。でも、ふたりでどこかへ行きたいのは私も同じで、どもりながらも口を開いた。 「わ、わたしも、行きたい」 「そう」 「うん」 「じゃあ、行こう。どこがいいかな…」 考えてこむように口元に手をあてて空を見るジョージを見上げながら、私も少し考える。 この近くがいいのかなとか、ちょっと遠出したらどの辺りまで行けるかなとか、いろんな場所を思い浮かべる。 けど、その間に視線がこちらに向かい、ジョージの手の上のリンゴが軽く宙を舞った。 「その前に練習を終わらせないとな」 「う、うん」 「大丈夫だよ。俺が保証する」 先にジョージがすんなりとリンゴを木の上に置いて、戻ってきたのと同時に背中をぽんと叩かれて、その勢いのまま地面を蹴った。 ゆっくりと木の方まで飛んで、片手を離しリンゴを掴む。リンゴを落とさないようにしっかり握ったまま、ぎこちなく方向変換をし、ジョージの元へと戻った。 「うん、ごーかく」 「あ、ありがとう…」 「じゃあ、ご褒美もちゃんとあげないとな」 そう言われて、はっとしてジョージの顔を見上げる。 にっこり笑って、そして口が私の名前を紡いだ。 「」 生まれてからずっと呼ばれてきたその名前が、なんだか全然違う言葉のように聞こえた。ぎゅうと心臓が締め付けられて、でも嬉しくて、だらしなくにやけた顔で笑った。 「…うれし」 「! …俺も」 ジョージの大きな手が私の頭を撫でてくれてうれしくて、さらににやけた顔でふふと笑った。 「じゃあデートの計画立てよっか」 「っあ、うん」 さりげなく腕をひかれて、すっかりお馴染となった木の下へと腰を下ろす。相変わらず緊張は消えないけれど、どうしようもなく楽しくてうれしくて心地よい。 行きたい場所や行ける場所なんかの話をしながら、楽しいお出かけになったらいいなと考えていた。 2012.10.14 三笠 実はこのお話が全然完結しなくて、それで更新できなかったのです…と言い訳してみたり。このあとの夏休みのお話の方が早く完成してました。 呼び方を変えるお話はずっと書きたかったのです。 |